岡園さんには、恋人はいない。
どれくらいの期間いないのかは分からないけれど「いつも酒癖が悪くて愛想を尽かされる」と言っていたから恋人がいたことはあったんだろうと思う。

前に、年上らしき男の人と並んで歩く岡園さんを街で見かけたことがある。
平日の昼間だったから、おそらくは仕事の相手だろうけど、妙に落ち込んだことを思い出す。
その頃はまだ自分の気持ちに気付いていなかったから、なんで落ち込んでいるのか自分でも訳が分からなかったけれど。
おそらくその頃から僕は岡園さんに惹かれていたのだろう。

「大山くん、いつもゴメンね」
「…もう、慣れました」

「ベッドも勝手に使っちゃって」
「いつものことでしょ」

「本当にゴメン!!」
「……本気で謝る気があるなら、酔わないで下さい」
「それは、無理。お酒はやめられないから」

何度となく繰り返される謝罪に対して、素っ気ない返事を返しつつも、このまま岡園さんが毎日僕のところに“帰って”くればいいと思っている。
帰ってきたとしても、同じベッドで眠ったとしても、抱きしめることすら叶わないのに。

勇気を出して、気持ちを伝えてみようと思ったこともある。
でも、もし岡園さんが僕のことを何とも思っていなかったら、もう二度と僕の部屋には帰って来ないかもしれない。
いや、酩酊状態の彼女なら帰ってくるかもしれないが、それはそれで拷問だ。
振られた相手と、平然と今まで通りの半同居生活を送れるほど、僕のハートは頑丈には出来てはいない。

「ほら、遅刻するから、早く食べる」

考え事をしながら、ぼんやりと食べ進めていた僕を、岡園さんが急かす。
その口調は完全に僕を子ども扱いしている。

いつか見た、岡園さんの隣を歩く年上らしき男の姿が頭を過ぎる。
あんな風に落ち着いた大人の男だったなら、こんなにも躊躇することはないんだろうと思う。
僕は臆病な自分を棚に上げて、必死に自分への言い訳を繰り返すのだった。