「どうせさ、私しばらく毎日やることもないし、これは毎日起こしにきてやろうと思ったわけ」
悪事を告白するには、軽すぎる口調で岡園さんは続けた。
「急に素面で毎朝起こしに来たら、相当変な女でしょ?」
「毎日飲んだくれて家を間違えるのも、十分に変な人だと思いますけど」
「いいのよ、酔っ払いだから変でも」
横暴過ぎる理論を唱えながら、岡園さんの告白は続く。先ほどまで「ごめんなさい」を繰り返していたのはどこの誰だったのかと言いたくなる。酒の力は恐ろしい。
「確かにほぼ毎日飲んでたけど、家に帰れなくなるほど酔ってはないわよ。だから、断られたらすんなり帰るつもりだったの。だけど、2日、3日と続けてみたら、大山君、すんなり家に入れてくれるんだもの」
あははと笑いながらも、僕が責めるように見つめれば「ごめん、ごめん」と岡園さんは謝る。
「迷惑かけてるのはわかってたの。こんなお節介すぐやめようと思ってたし。でもね、そのうちにさー、なんというかね…」
饒舌に語っていた岡園さんの歯切れが急に悪くなる。
どうしたのだろうと、僕が見つめたら、岡園さんは頬をピンクに染めて、あからさまに視線を逸らした。
「どうしたんですか?」
「……大山君さ、かなり鈍いよね」
問い掛けたら、今度は恨めしそうに睨まれる。訳が分からない僕は、ただポカンと彼女を見つめ返した。
「ああ、もうっ!全部白状するわよ。酔っ払ったら、どういう訳か大山君に会いたくなっちゃうようになって。自分でも驚いたのよ、なんたって私の方が六つも年上だし」
「と、言いますと?」
「ここまで言っても分からない?私、好きでもない男の家に毎日転がり込む趣味はないし、毎朝その男のために朝食作る生活を送るほどお人好しじゃないんだけど?」
岡園さんがやけくそになって言い放ったひと言を、信じられないような気持ちで受け止める。僕に言葉を発するタイミングを与えずに、彼女はまた口を開いた。
「でも、流石に脈なしかなと思って、やめたの。同じベッドに何ヶ月も一緒に寝てても何も起こらないなんて、完全に女として見られてないんだなーって、これでも落ち込んだんだから」
「岡園さん…」
「いいの、気にしないで。潔く諦める。塗装工事のお知らせ見て、ああ丁度いいタイミングだなと思ったのよね」
「岡園さん、勝手ですね」
自分の方こそ告白する勇気がなかったくせに、僕は勝手に結論を出した岡園さんに怒っていた。
「ごめんなさい。突然押し掛けたり、急にやめたり、本当に自分勝手よね。謝りながら、また勝手に今日ちゃんと謝れてよかったと思っちゃってるし」
岡園さんは、もう一度ニッコリ笑った。陽気に酔っぱらう笑顔じゃなくて、どこか切なさを押し込めたような作り笑顔で。
その顔を見て、僕は大きく溜息をついた。
「だから、勝手だって言ってるんです」
僕は岡園さんに対してよりも、自分自身に呆れていた。散々彼女の口から説明させた上に、こんなにも無理矢理笑わせてしまったことに。
そして、僕は情けないことに、ようやく彼女へ手を伸ばす勇気が持てたのだ。



