僕は確かに酔っ払っていたけれど、岡園さんみたいに足取りがおぼつかなくなることはない。
元々が酒に強い体質だ。深酒しても大して酔えないから、いつもはほどほどにしか飲まないようにしている。飲み代がいくらあっても足りないからだ。
だから、岡園さんが気分良く酔っ払っているのを見るのは、正直言って羨ましかった。

時刻は、夜の七時半。
僕の知ってる岡園さんはどこかで飲んでいるか、家で酔っ払っているはずだ。

いつもとは通りを挟んで向かい側から眺めるだけのダークブルーの建物に、僕は初めて足を踏みいれる。
入ってすぐ右手にある郵便ポスト、正面にある階段。なるほど、外壁の色だけで無く、部屋までの作りが僕の社員寮とよく似ていたらしい。
階段を一歩ずつ上がって、二階のフロアの一番手前の部屋。これも、僕の部屋と全く同じ位置だ。
ここまで、足取りはしっかりとしていた僕だけど、インターフォンを押す手だけはわずかに震える。

“ピンポーン”

部屋の中から漏れ聞こえる呼び出し音を耳にして、僕は祈るようにドアを見つめる。
沈黙は長く、二分ほど続いた。
もう一度、ダメ元でインターフォンに手を伸ばしかけたところで、控えめにガチャリとドアが開く。

「…どうして?」

ドアの隙間から久しぶりに見た岡園さんは、美人OLの片鱗なんてどこにも無くて、一段と幼く見えた。

「僕が聞きたいです。岡園さん」

開いたドアの隙間に足を差し込んで、素早く中に入る。強引に押し入った僕を見て慌てて岡園さんはあんぐりと口を開いていた。
狭い玄関で対面したまま、僕は岡園さんに尋ねる。

「どうして、こんなに早く家に居るんですか?」
「大山君、酔ってるの?」

言葉と共に漏れた息が掛かったのだろう。
いくら意識ははっきりしていたとしても、さすがに酒臭いようだ。

「そんなに酔ってないです。僕はどれだけ飲んでも、岡園さんみたいに酔えないから」
「…………」

皮肉で言ったつもりはないのに、彼女はばつが悪そうに俯いた。
僕は「責めてるわけじゃないです」と呟いて、もう一つの疑問を投げかけた。

「今日は酔ってないんですね?」

僕のひと言に、彼女は諦めたように大きく息を吐き出した。