「だから、当たって砕けろって言っただろ?」
もつ煮込みを頬張りながら、真鍋がドヤ顔で言う。例のうどん屋は夜は居酒屋になる。ハッピーアワーの夜七時までは生ビールが半額だ。
「…だから、砕けるのは余計だって」
僕は弱々しく返事をするのが精一杯だ。
あまりに生気の無い僕を、真鍋は定時後すぐに飲みに行こうとオフィスから引っ張り出した。
「まあ、飲めよ」と半額ビールを渡されて、次々に喉へと流し込んでいるうちに、どんどん酔いが回ってきた。
「だいたい、女にフラれたぐらいでだらしねーな」
「フラれてない」
「ああ、そういやフラれてすらいなかったな。毎日指くわえて見てただけで」
「うるさい」
「いい勉強になったろ。次からはちゃんと積極的にいけよ」
言うことがいちいち的を射ていて、言い返す言葉もない。それでも、真鍋の言うように“次”に進む気持ちになんて、とてもなれなかった。
「真鍋」
「ん?」
ハッピーアワーも終わりる頃には、僕はいつになく酔っていたと思う。当たり前だ、1時間半で空けた中ジョッキは六杯。いつもなら考えられないハイペースだ。
「まだ間に合うかな?」
「何に?」
「当たって砕けるの」
僕は手元の七杯目、最後の半額ビールをぐいぐいと飲み干した。
「オイオイ、急にどうした?」
「急にじゃない。この一ヶ月、ずっと考えてた」
やって来なくなった岡園さんを、僕は一ヶ月ずっと探していた。
通勤時間の道のり、夜中のコンビニ、休日のスーパー。キョロキョロするだけじゃなくて、張り込みをしていたこともある。
岡園さんの携帯の番号も、メールアドレスも、SNSのIDさえも知らない。
だから、僕が知っている手がかり全てで、僕は彼女を探したんだ。
だけど、岡園さんは見つからなかった。
毎朝通勤してるはずなのに。お酒が足りなくなって時々フラフラ部屋から出てくる筈なのに。休みの日には1週間分の朝食の食材の買い出しに行くはずなのに。
だから、もう仕方ないじゃないか。
「悪い、真鍋。もう帰るわ」
「おう、帰れ、酔っ払い」
突然席を立った僕に、真鍋はしっしと手を振った。
「大山、帰る家、間違えんなよ」
ニヤリと笑いながら当たり前のことを言い出した真鍋には、僕の意図が正確に伝わったらしい。
「間違えないよ」
財布から出した五千円札は、真鍋の男気により押し返された。代わりに、しっかりしろとばかりに背中をバシンと叩かれる。
真鍋なりのエールを受けて、僕は店を出て、帰る方角を見据えた。
残された手がかりは最後の一つ。
だから、今日僕が“帰る”場所も一つだ。



