放課後、依人は縁を迎えに一年のフロアの廊下を歩いていた。

相変わらず居心地はいいものではないが、下級生から向けられる視線は今では慣れてしまった。

「縁」

縁のクラスにたどり着くと、ホームルームが終わったのか、廊下で待っている縁がいた。

「先輩」

縁は依人の顔を見るなり目を輝かせ、満面の笑みで手を振った。
周囲にいた男子生徒は、そんな縁に見とれ頬を染めている。

先月、井坂が縁にちょっかいをかけてきた時は、縁が己から離れていくのではと不安に駆られた。
しかし、依人は何があっても縁を手放したくはなかった。きちんと向き合い、縁の不安を取り除くことで、危機を乗り越えた。

さりげなく縁の手を取り、指を絡ませる。

依人は縁と一緒にいられる幸せを、噛み締めていた。




依人はいつものように自宅を通り過ぎ、縁を家まで送り届けている最中。

「先輩?」

小首を傾げながら尋ねる縁に鼓動が跳ねたが、依人は平静を装う。

「どうしたの? 縁」

縁は「えっと……」とためらいを見せていたが、ぎゅっとスクールバッグの取っ手を握り締め、真っ直ぐな眼差しを依人に向けた。

「日曜日、葵葉(あおば)高校の文化祭に一緒に行ってくれませんか?」
「葵葉ってどうして?」
「友達とおいでって入場チケットを貰ったのですが、鈴子が用事で無理になったのです」

(男子校だよな。チケット貰うくらい仲良い男がいるの?)

元カレがいないことは知っているが、友人だとしても他に仲のいい男がいる事実に、依人は密かに嫉妬を抱いていた。

葵葉高校は偏差値がトップクラスの中高一貫の男子校である。依人と縁が通う菖蒲高校の近隣にあり、同等の家柄の子息が集っている。

容姿端麗な生徒が多く、過去に合コンでヘアメイクに気合を入れるクラスメイトの女子を見たことがあった。

「催し物でカフェをやるんです。売上に貢献するって言った手前断れなくて……だめですか?」
「いいよ。一緒に行こう」

縁の大きな薄灰色の眼差しを向けられて、お願いを跳ね除けられる人間がいるだろうか。いや、いない。

「ありがとうございますっ」

縁は依人の返事に、安心したのか表情を綻ばせていた。

そもそも依人の中に行かせないという選択肢はなかった。縁にチケットを渡した男と直接顔を合わせて牽制をかけてやろうと思案していた。

(どんな男前が現れようが、絶対に負けない)

依人は戦に臨む武士(もののふ)のような気持ちで、文化祭の日を待ち構えていた。