呼び止められるとは露ほども思わず、内心驚いたが、ゆっくりと振り向き、縁に穏やかな笑みを向ける。
しかし、その笑みは縁の顔を見た途端、消えてしまった。


縁の丸っこい大きな瞳は潤んでいたのだ。


「佐藤さん、どうしたの?」


思いの外言い方がキツかったのか、知らぬ間に失礼なことを言ってしまったのか。
見当が付かないが、華奢な肩を震わせて涙を堪える縁を放って置くことは出来なかった。


「ごめんなさい。何度も迷惑を掛けてしまって……」


縁が途切れ途切れに言ったのは、依人への謝罪だった。


「次からはしっかりするから、困らせないようにするから……嫌わっ、」


次第に涙が溢れ出し、決壊した。


頬を涙で濡らし、手で乱暴に涙を拭いながら小さな嗚咽を零す。


依人はそんな縁を気付けば抱き寄せていた。


「佐藤さんを嫌いになることは後にも先にもないから」

「せん、ぱい……?」


腕の中にいる縁は、涙は止まったものの目を大きく見張っていて、驚きを隠せないようだ。
胸を押し返すなど拒否をしていない辺り、嫌がっていない……と思いたい。


「よく聞いて」


依人の言葉に、縁はゆっくりと目線を上げて依人の方へ向けた。


「……好きです。俺と付き合ってくれませんか?」


縁の頬はすぐに真っ赤に染まっていった。


「え……あの……」


告白をしてから、縁はキョロキョロと目線を動かしてはエラーを起こしたロボットのように挙動不審になっていたが、しばらくして落ち着きを取り戻したのか再び依人を見つめた。


「俺が佐藤さんに構うのは、ただ好きだから。これから先輩じゃなくて“彼氏”として佐藤さんの傍にいたいけど、いいかな?」

「……はい……っ」


縁は少し沈黙した後、相変わらず真っ赤な顔のまま大きく頷いてくれた。


「ありがとう」


依人は唇にしたい衝動を抑えて、頭頂部に口付けを落とした。





縁が、依人は遊びで自分を彼女にしたという誤解をしばらくしていたと後日知ることとなるが、二人の関係は確かにここから始まった。



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