卒業式が終わり、縁は誰もいない図書室の奥にある席に一人座って待っていた。


この図書室も縁にとって一生忘れられない場所だ。
この場所で、井坂が縁にキスしたことを依人にばらし、一触即発の空気が流れ、別れの危機を感じたものだ。

井坂のしたことは許せないが、依人の度量と思慮深い一面にまた好きがおおきくなった。





(あの頃は、からかわれていると思ってたんだよね。でも、先輩の近くにいたくて受け入れたんだ)


その当時の出来事を思い起こすと、懐かしさと甘酸っぱいさが縁の胸を満たした。


(第二ボタン欲しいな……でも、先輩は相変わらずモテモテだからな……)


依人が中々現れないのは、おそらく大勢の女子に捕まっているからだろうと予想する。


その予想は的中した。


「遅くなってごめんね」


ようやく現れた依人は、卒業式の時のようにきっちりとした着こなしではなく、学ランやワイシャツのボタンが全てなくなっていた。中に着ていた黒のタンクトップも引っ張られたのか少し伸びている。
まるで追い剥ぎにでも遭ったようだった。


「いえっ……先輩ぐったりしてません?」

「うん。本当はすぐに向かうつもりだったけど、女子が中々離してくれなくてね」


(モテる人は大変だ)


「お疲れさまです」


縁は席を立つと、精一杯背伸びをして依人の頭をぽんぽんと撫でた。


「縁、泣き過ぎて目が少しちっちゃくなってる」

「うっ……が、我慢しようとしたんですよー」


依人が笑いながら指摘したので、縁は頬を染めて恥ずかしげに目を伏せた。


その時、ぎゅっと温かいものに包まれた。


「先輩、」

「このまま充電させて」

「あたしで良ければいくらでも」

「縁じゃないとだめだから」


二人はしばらく言葉を交わすことなく抱き締め合っていた。


(時間が止まればいいのに。いっそのこと先輩の腕の中で死んでしまいたい……ドン引きされそうだから面と向かって言えないけど)


息苦しくなるほど力強く抱き締められて、物騒なことを考えている自身がいた。


「ねえ、手を出して」

「……?」


突然、依人に言われて、縁は不思議そうに首を傾げつつも素直に手のひらを出す。


依人はその手のひらにあるものを乗せた。


「先輩、これは……」

「第二ボタンは何とか死守出来たよ。貰ってくれる?」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」


縁は依人の第二ボタンを胸に抱き締めたたまま大きく頷いた。


「先輩っ、あたしのスカーフ受け取ってくれませんか?」


縁は胸元に結ばれた臙脂色のスカーフを解いて、依人の前に差し出した。


第二ボタンとスカーフを交換したカップルはずっと仲良しでいられる……。
この高校が戦後男女共学化した当初から言い伝えられているジンクスであった。


その真偽は定かではないが、縁は藁にもすがる思いでそのジンクスにあやかろうとした。


「ありがとう。大事にするね」


依人は快くスカーフを受け取ってくれた。