おずおずと弥生の顔を見つめると、弥生は「縁ちゃんね」と呟き、ふわりと微笑みかけた。


「すっごく可愛い……! 白雪姫みたい」

「と、とんでもないです」


(あたしには、勿体なさすぎる言葉だ……!)


過去に読んだ漫画や恋愛小説では、元カノは主人公に敵意を剥き出しにしていたが、にこやかに対応されるとどう反応すればいいのか分からずにいた。


戸惑ってしまい、縁はそれきりだんまりを決めてしまった。


「そっかぁ。桜宮くんも見つけたんだね」

「何を?」


依人が聞き返すと、弥生は少し座っている依人の目線に合わせて屈むと、耳元に口を寄せて、何か囁いた。


「っ」


すると、依人の頬が次第に赤らんでいき、それを目の当たりにした縁は息が詰まるほどの胸の締め付けを感じた。


(なんで、元カノ、弥生さんに頬を染めるの!?)


嫉妬と言う真っ黒な感情が湧き水のように溢れ出していく。


望まない結末が頭を過ぎり、縁は泣きたくなったが、唇を噛み締めて堪えた。
それでも一度緩んだ涙腺は、落ち着く様子を見せず、縁はガタリと音を立てて立ち上がった。


「先輩、母から連絡があったので外で電話してきます」


息継ぎなしで言い捨てると、縁は依人顔を見ずスマートフォンを手にそそくさと店を出ていった。


店を出て通行人の邪魔にならぬように壁際にもたれ掛かる。


縁の瞳からじわりと涙が浮かび上がり、零れ落ちぬように顔を上げて限界まで目を見張った。


(やだ、やだよ……あたしがいなくなったら、先輩はいつか弥生さんとよりを戻しちゃうのかな)


「はぁ……」


嗚咽の代わりに溜息をつくと、白く染まって瞬く間に消えた。


縁は曇って灰色になった空を眺めながら、心の中で整理を始めた。


(もし、いつか先輩の気持ちが弥生さんに傾いたら、 嫌だけど、受け止めるしかないよね……)


本当はずっと自分だけを見ていて欲しいけれど、大好きな人には幸せになって欲しいのだ。


しかし、今すぐに別れを告げて手放せるほど割り切れていないのも事実。
その時が来るまでは、独り占めをして、愛し愛されていたい。


そんな自分が狡くて、縁は情けないなと思った。


「決めた……」


縁の中で一つの決意が固まった。


(本当はまだ怖い。でも、先輩ならいいの)


浮かび上がった涙を拭うと、店の中に入り、笑顔で依人の元へ向かったのだった。





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