「帰ろっか」


そう言って依人は縁の前に手を差し出す。


「はい」


縁は以前繋がれた時の依人の手の温かさを思い出し、ドキドキしながら自分の小さな手を重ねた。


いつも縁は疑問に思う。


(どうしてあたしを選んでくれたのかな)








入学式で在校生代表の挨拶をした依人に恋に落ちた。


奥手な縁は遠くから見つめるしか出来なかったが、五月に行われた球技大会で転んで足を捻らせてしまった時、たまたま通りかかった依人が介抱してくれたのがきっかけで話すようになった。


挨拶をしたり、時にはお弁当を一緒に食べるようになって少しずつ親しくなっていき、縁の恋心は風船のようにどんどん膨らんでいった。


一方通行の恋だと思っていたが、梅雨が明けて初夏に差し掛かったある日、転機が起こった。


「好きです。俺と付き合ってくれませんか?」


青天の霹靂とはこのことか、思いも寄らぬ依人からの告白は、縁の人生で最も驚いた瞬間だった。


依人は尋常じゃないほど女子に人気がある。
これまで大勢の女子に囲まれている姿を何度も見かけたことがあるほどだ。


そんな彼が、大人しくて本の虫な地味な女を好きだなんて、からかっているのではと疑ってしまう。


しかし、縁は真っ赤な顔をさせて頷いた。


「はい……っ」


遊びだとしても構わない。
少しだけでも依人を独り占めしていたい。


そんな思いでいっぱいだった。


縁はこの日を境に彼氏いない歴イコール年齢に終止符を打ったのだった。