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――十年後。
最近リニューアルを終えて生まれ変わった商店街から一番近くにある駅のホームで、私は大きなお腹を抱えて電車が来るのを待っていた。
寒い冬の昼下がり。旦那に何度もチェックされたから防寒はばっちりなのだけど、それでも手袋をした手に息を吹きかけて寒さをしのぐ。コートもマフラーもしているのに、それでも寒いのだから自然の脅威は侮れない。
クリスマスがあと五日と迫った町はイルミネーションやらで煌めいているし、近くで母親らしき女性と手を繋いでいる男児の口からはプレゼントの話が楽しそうに聞こえてくる。
その声をBGM にしばらく待っていると、ようやくやってきた電車が金属音を響かせて止まる。
乗り込むと辺りを見渡して空いている席を探すのだけれど、満遍なく座られていて見当たらない。
仕方ないと肩を落として、吊革へ手を伸ばした私に「あのっ」と目の前に座っていた女の子が話しかけて来た。
見た感じだと、高校生ぐらいの女の子だろうか。目を見開いて驚くと目の前の彼女が立ち上がって「どうぞ」と席を譲ってくれた。
「いいの?」
「はい!」
笑ってくれた彼女に遠慮することなく腰を降ろして「ありがとう」とお礼を述べた。
「今、何ヶ月なんですか?」
興味津々といった顔でその女の子が尋ねてくる。電車が扉を閉めて走り出した。
「今九ヶ月よ」
「もう性別ってわかるんですか?」
「ええ、男の子なの」
大きくなったお腹を撫でると目の前の女の子が目を丸くして感心するように頷いた。
それから彼女との会話はなかったけれど、いつの日かの自分を見ているような気分になって微笑ましくなる。
目的地の駅についた私は立ち上がるとまだ乗車していた彼女に一瞥して電車を降りた。
改札を抜けるとかばんに入れていたスマホが震えた。取り出して画面を人差し指で横に撫でると耳にあてがう。
「もしもし? ……うん、もうすぐ病院だよ。帰ったらお義母さんと夕食でしょ? ……うん、わかった。じゃあ診察終わったら駅で待ってるね」
会話が終わると通話を切った。どうやら診察が終わったら迎えに来てくれるらしい。
閑散とした冬独特の雰囲気を醸し出している空を物思いに見上げる。
私、ちゃんと生きている。生きてきた。そしてこれからも生きていく。
幼いあの頃の私たちは、恋も愛も知らずにもがき苦しんでいたね。
もう遠い記憶のような気がするけれど、それでも私は胸を張って恋をして、愛を知り、深く自分以外の誰かを愛することができました。
病院で受付を済ませると適当に座って名前を呼ばれるまで待った。
左手の薬指にはまったリングを撫でるとそのまま左手をお腹の上に置いた。
……無事に産まれて来てね。
「黒野さん、黒野志乃さん」
不意に看護師さんから名前を呼ばれて、私は立ち上がった。
君が、君たちが私に教えてくれたのは間違いなく、純な、恋。そして、愛でした。
これからも派手な幸せはいらない。だけど、私の大好きな人たちがいつまでもいつまでも笑って過ごせますように。それだけが私の願いです。
いつも、いつだってそう、願うのは大好きな人たちの笑顔。
こんなに優しく誰かを想える自分になれたことが、私は最高に幸せだと感じる。
産まれて来くる赤ちゃんも心優しく、誰かをとことん愛せる人になってほしい。
そしていつかあの頃の私に言いたい。
大事なものはすぐ目の前にあるんだよ、と。



