でもそれって、深い愛の証のような気がする。
ど直球に愛して、そばにいて、抱きしめる愛とは違うのかもしれない。
これは私の憶測に過ぎないけれど、離れたのは黒野くんを想って、お母さんなりに考えた結果だと思う。
それが正解だったかはわからない。
黒野くんは母親の温もりを知らずに育って、少なからず傷ついた。
でも、そばにいて、傷つけていた可能性だってある。辛かったいじめを思い出して、黒野くんを恨んでしまうのを恐れていたんじゃないかな。傷つけて、傷つくことを。
どんな選択をすれば人は後悔しない道を選べるというのだろう。
未来を透視できるわけでも、予知できるわけでもない。
平等に流れる時の中で、選んで、進んで、答えを見つけに行くしかないのに、後悔しない生き方なんてできるわけがない。
後悔したって、時間は巻き戻らない。
今選択を迫られたって、後悔するかしないかは、未来の自分にしかわからない。
「陽介が美和子さんを恨む気持ちもわかる。だけど美和子さんはずっとお前のことを気にかけていた。何年も一緒に暮らしてなかったけど、一度はやり直す決意を固めたこともある」
「…………」
「陽介は覚えとるかな。小学校三年生の時、お父さんが“お母さんが帰ってくるよ”って言ったら“僕にはお母さんなんていない”って突っぱねたこと」
「……ああ。そんなことも、あったな」
「それで美和子さんは身を引いたんじゃよ。お前にとって自分は、捨てられた母親になってしまったのだと悟ってな」
すれ違う。親子でも、何度でも。私は知っている。
「陽介に美和子さんを許してやってくれとも、会ってやってくれとも、ばあちゃんは言わん。よく考えて、自分が正しいと思うようにしなさい」
そう締めくくられて話は終わった。
終始黙ったままの黒野くんの手を握ることはやめなかった。
私が辛いとき、そうしてもらったように。
どれくらいそうしていたか、おばあちゃんが自室に行き、二人きりになったリビングでは外から聞こえる子どもたちの笑い声や、車のクラクションだけが届いていた。
冬は日が落ちるのが早い。
肩を寄せ合い、ひたすら過ぎていく時間を時計の針の音で感じる。
ふんわりとした髪の毛と均一な吐息が頬をくすぐり、黒野くんが寝たことに気がついた。
あんなにクールで無表情なのに、寝顔は子どもみたいで可愛い。
愛しい気持ちが溢れてくる。
重いけど、できるだけ睡眠の妨げにならないように呼吸にも気を遣った。
そしてスマホで寝顔を撮る。あとで見せてからかってやろう。



