おばあちゃんに言われた通りに、まだ閉店時間ではなかったけれど店のシャッターを降ろし、臨時休業の張り紙をして二階にあがった。私たちに会話はなかった。
リビングに行くとおばあちゃんがお茶を淹れて待っていてくれて、座るといつもの笑顔を見せてくれた。
「いつか本当のことを言わなきゃいかんて、大人になってからって思ってたんやけど、陽介ももう十七、いつの間にか大きくなってたんやね」
白い湯気がたつ湯呑を悴んだ両手で包み込む。黒野くんは黙ったままだった。
「美和子さんはお父さんの高校の同級生でな、よくこのお店にも顔出しよったんよ。大人になって二人は結婚してな、でもすぐには子供には恵まれんかった。
お父さんはこの店から独立してケーキ屋やって、美和子さんは企業の社員を続けよった。ばあちゃんにはようわからんやったけど、美和子さんは会社で結構責任ある役職についとったらしいでね」
この話、私が聞いていてもいいのだろうか。不安になったのだけれど、今ここから出ていくのも不自然な気がしたし、なにより黒野くんを一人にしたくなかった。
手を伸ばして、膝の上で拳をつくる彼の手に自分の手を重ねた。はっと顔を上げて私を見た黒野くんの手の力がふわっと抜ける。
「そいだら陽介がお腹の中にできてな。美和子さんは途端に役職から外されて、酷い仕打ちをうけたらしい」
「え?」
どういうこと……?
「妊娠したらつわりやら、通院もあるやろ? 働く時間を短くするように上司にかけあったら美和子さんは会社からいじめられるようになったんよ」
「ひどい……」
「それでも仕事が好きな人やったから、ギリギリまで働きよったんよね。でもそれがいかんやった。気に病んでしおまってな……出産した後も、ノイローゼになってしまって、入院したんよ」
理解のできない世界に頭が追いついていかない。どうして妊娠したらいじめられないといけないの? どうしてそんな神経になるというの?
働く時間が短くなるのはしょうがないことじゃないの?
「心の病気だから治すのにかなりの時間がかかった。退院できるまでに二年ぐらいかかったんよ。お見舞いにはお父さん一人で行きよったけど、美和子さんは陽介には会わんようにしよった。もしかしたら妊娠中にされたことを思い出してしまって愛せないんじゃないかと危惧してな。ばあちゃんやお父さんがなんと言おうと、頑なに」
怖かったのかもしれない。黒野くんのお母さんは。万が一にも愛せなかったとき、黒野くんを傷つけてしまうのが。



