純な、恋。そして、愛でした。



それを受け取った女性を見ると涙ぐんでいたものだから、私は目を見開いて驚きながらもポケットに入れていたハンカチを差し出した。


「大丈夫ですか?」

「ええ、ごめんなさい、ありがとう」

「……なにかここのケーキに、思い入れでもあるんでしょうか?」


差し出がましいことを訊いてしまったかと思ったのだけれど、出てしまった言葉は引っ込んではくれないのでそのまま返事を待つことにした。


女性はハンカチで溢れ出る涙を拭う仕草をしたあと、口を開いた。


「主人が、ケーキ屋をしていたので……つい、思い出してしまって」

「ご主人が……?」

「ええ。でももう亡くなってしまいましたけど」

「それって、今年の夏じゃ、ないですか?」

「え?」


口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。なんでそう思ったかはわからない。
でもそうであったら、この女性は……。


「違うわよ」

「え、あ……そ、そうですか……」

「うん、私の主人が亡くなったのはだいぶ前の話だから。んー、じゃあその苺のタルトとチョコケーキくださる? クリスマスケーキも予約していいかしら?」

「はい、もちろんです。ありがとうございます」


間抜けな声を出してしまって、慌てて接客モードに切り替える。
そうだよ、ね。そんな都合よく現れるわけないよね。


彼を捨てたっていう、黒野くんのお母さん。


ケーキ屋さんなんてこの世に数えきれないくらいある。ケーキ屋さんのご主人を亡くされたっていう、似た境遇にいる人だっているよね。


予約を受け付ける専用の紙に名前と連絡先を記入してもらって予約は完了した。その記入をしてもらっている間、私は頼まれたタルトとケーキを箱詰めした。


「お待たせいたしました」

「ありがとう」

「ではクリスマスにご来店お待ちしております」

「ええ」


頭を深々と下げて、女性を見送った。予約表に書かれた名前を見る。

“木村美和子”


万が一にも、黒野くんのお母さんだったらどうしよう。
いや、既に否定されたし、そんなわけないんだけど。
余計なお世話って言われると思うのだけど、黒野くんにお母さんの名前をそれとなく聞いてみようかな。