そうだった、すっかり忘れていた。
楓にも報告しなきゃと夜中にアプリを通してメッセージを送ったのだった。
だけど返信する気力も、着信を取る気力もなくて、そのままにしていた。
心配かけたままだった。
怒りを露わにしながらも自分が泣く、楓が私は大好きだ。クラスのみんなが何事かとこちらを見ているけれど、おかまいなしに私も楓の背中に手をまわした。
「ごめん、楓」
「黒野っちに負けてるのが最近悔しいよ」
「はは、彼氏と親友は違うでしょ」
「でも悔しいんだもん」
鼻をすすらせる楓の背中をさする。これじゃどっちが慰めているのかわからないよ。
だけどその涙が嬉しいよ。本当にありがとう。
抱き合うのをやめて、楓と笑いあう。私は友情にも恵まれている。恋人もいる。
すべてのきっかけをくれた私のお腹にいた赤ちゃんだった。君がくれたものが大きすぎて、やっぱり私は苦しい。
私はこんなにたくさんのものをもらったというのに、全然返せていないね。
会いたかったな……。
席に着くと先に登校していた黒野くんと挨拶を交わした。一部始終を見られていたのか「俺は親友に妬いてんだけどな」と笑った。私も笑った。
こうやってこれから先日常を生きていけば、この苦しい想いも薄らいでいくのだろうか。
流れゆく時間の流れに乗っていれば、いいのだろうか。
それでいいのだろうか。私には、どうにもわからない。
それでも生きている限り、時間は進んでいく。淡々と季節は流れて寒い冬になった。十二月初旬。
私は赤ちゃんを失ってから、黒野くんのキスを受け入れることが出来なくなっていた。
理由ははっきりしない。だけどどうにも身体が咄嗟に拒否してしまうんだ。
それは、今日も。
「ごめん」
「ううん、大丈夫」
バイトが終わって片づけをしていると黒野くんが疲れて甘えたように後ろから抱きしめて来て、その流れで口づけようとしたのだけれど、また拒絶してしまった。
気まずい空気が流れる。もうこうしてしまうのは何度目だろう。私は彼を傷つけてばかりだ。
「ごめん、ほんと……」
「いやいいんだ……俺、待ってるから。もう俺からはなにもしない。志乃が平気になったら、教えて」



