「いいのか? 少し休んだっていいんだぞ」
「いいの、忙しくしてた方がきっと気も紛れると思うから」
心臓が動くたびに、痛みが全身に鈍く巡っていく。寝て、目覚めて消える悲しみじゃなかった。
命が消える痛み。父のときもそうだったけれど、何度体験したって慣れない。慣れてしまうのも十分恐ろしいけれど、苦しすぎる。
人口が一億以上いる国で生きているわけだし、人と何かしら関わりながら生きていく人生の中で別れは勿論つきものなのだろうけど……大切な者の死は、できるだけ体験したくないのが普通だ。
まだ生まれてなかったとはいえ、私にとって赤ちゃんは自分の存在よりも大切だった。それが消えた、一瞬の出来事のようだった。
ふと様子が気になって隣にいる黒野くんを見ると、黙って真っすぐ前を見て歩いていた。
手の甲は時折ぶつかるけど、繋ぐことはない。
ほとんど会話もなく駅についた。
家の前まで送ると言われたけれど申し訳なさ過ぎてそれは断った。
熱を帯びた黒野くんの瞳。心配されているのが犇々と伝わってくる。
「また明日ね」
「ああ。家についたら連絡して」
「うん」
「待ってる」
頷いて歩き出す。定期券をかざして、振り返ると一度だけ笑って見せて、その後は振り向くことはしなかった。
五分ほど待つと家の最寄り駅まで行く車両がやって来て、迷わず乗った。
私は間違いなく彼から愛されている。
私も彼が大好きだ。でも空いた心の穴は塞がらない。
虚無感がはびこっているのが身に余るほど感じる。
私だけじゃないのかもしれない。
夜の電車は負のオーラがあるように思える。くたびれて、疲れ切ったサラリーマンがネクタイを歪ませて座っているし、楽しかった遊びの時間を終えて家路につく学生たちの寂しい余韻も伝わってくる。
一人の世界に引きこもって音楽をイヤホンから流している人や、スマホに夢中の人たちに笑顔はない。
ひとりでいて笑っていたらそれはそれで変な目で見られてしまうかもしれないけれど、そういうことではなく、纏う空気感が、プラスとマイナスで言うならマイナスに感じる、ということだ。
たぶん私が今、過去最大で不幸な状況だから、そういうフィルター越しに物事を捉えてしまっているからなのだろうけど。
まさに世界が暗転したといった感じだ。
帰宅すると玄関の物音を聞きつけた母が駆け足でやって来て、私の顔を見るなり安堵して深く息を吐いた。自殺するとでも思っていたのかな。
「お帰り」
「ただいま」
「ご飯、できてるよ」



