「志乃……」

「黒野くん……っ、黒野くん……っ」


狂おしいほどに、君の名前を呼んだ。


黒野くん、赤ちゃんもういないの。私のお腹の中、もういないよ。からっぽなの。


私、これからどうやって生きていくの?


どう考えても今まで通りなんて無理だ。
赤ちゃんを授かる前の私には戻れっこない。
赤ちゃんのこと、なかったことになんかできないよ。


「とりあえず行こう」

「うん……っ」


手を繋いで、その場から歩き出す。
しっかり握られた手からはいろんなことが伝わってくる。


"俺がそばにいる""大丈夫だ。安心しろ"


言葉のない励ましが、手のひらの温度から伝わってくる。涙は止まらないけど、心に寄り添われているのがわかって心強い。


改札を行き、外へ出ると商店街の方へ向かう。曇った空に夕日はない。風は木々をそよがせている。


黒野くん宅に到着して、中に通される。
カウンターにいたおばあちゃんに彼が「ごめん、今日は俺も志乃も店番ムリだ」と声をかけた。私も頭を下げると「いいんよ、気にせんで」といつもの笑顔で言ってくれた。


手を引かれて、二階に上がる。リビングで足を止めるかと思ったら、そうではなくて、初めて黒野くんの部屋に案内された。


襖をスライドさせて中に入る。畳が六枚ほどの部屋だろうか。黒いシーツのベッド、机、本棚。


無駄なものがないシンプルな部屋は、とても彼らしいなと思った。
彼がベッドの上に座って、私を隣に誘導した。


手は繋いだまま、まだ一度も離されていない。


「ごめん、黒野くん……っ」

「なんで謝るんだよ」

「だって……赤ちゃんを死なせちゃった……」

「志乃のせいじゃないだろ」


黒野くんの言葉に頷けないでいた。


確かに先生からはそう説明された。妊娠したら必ず、百パーセントの確率で赤ちゃんが無事に生まれて来るわけじゃない。命は奇跡みたいな、遺産。安全が絶対保障されるわけじゃない。


だけれどね、そうじゃないんだ。
私は自分に授けられた命を、最初から素直に喜んであげることが出来なかった。


なんで私だったんだって、思ったこともある。自分はまだ高校生で、一人立ちしていなくて、母親ともうまくいっていなくて、どうしたらいいかわからず途方に暮れた。


だから、私のせいじゃないかって、思うんだよ。