受け止めきれない現実に打ちひしがれる。空は灰色に曇っていて、今にも泣きだしそう。
無情にも知らない人がどんどん私の横を通り過ぎて行く。


息詰まる胸に手を置く。私は重い足を動かして歩を前に進ませた。行く当てはない。
俯くと、まだ慣れない両サイドの黒髪が視界に入る。


大好きなハイヒールではなくてスニーカーを履く足が、私をどこかへ連れて行こうとしている。


健康志向になって早寝早起きを心掛けるようになったんだ、私。夜遊び仲間の連絡先は消して、楓や黒野くん、大切な人たちと時間を過ごすようにした。


身体が冷えないように暑くても冷房は我慢したし、せっかく頑張って入った学校も辞めようと思った。


君を中心に回りだしていた世界は、君がいなくなって色を失くし、崩壊した。心までも壊れようとしている。


涙の跡が風に触れ、突っ張ったような感覚がした。


なんで赤ちゃんは死んだのに、私は生きているのだろう。
なんで、私は生きているの?


知らず知らずのうちに赴いていた先は最寄りの駅だった。無意識に定期券をかざし、適当にホームに来ていたどこに行くのかもしらない電車に乗った。
中はすかすかで、だけど、座る気にはなれなかった。


揺れる車両。優先席にはお腹の大きな人が座り、またすこし向こうには幼稚園ぐらいの女の子とママが手を繋いで仲睦まじく笑いながら電車に揺られている。


泣きたくなって、目をそらした。私もお腹が大きくなるはずだった。子どもが産まれたら、手を繋いでいろんなところに行くつもりだった。


水族館、遊園地、動物園、映画館、博物館。旅行にも行って、いろんな思い出を黒野くんと三人でつくる予定だった。家族になる予定だった。


その未来がやってくるって信じていた。
胸が苦しい。痛い。


「……っ……」


電車が何度目かの停車をした。
入り口付近に立っていた私は出ていく人や乗ってくる人の邪魔になるからと、その場から離れようと伏せていた顔を上げた瞬間。


窓の向こうにいる人物に目を見開いた。空気が抜けるようなドアが開く音。そこにいたのは肩で息をした……黒野くんだった。


額に汗を滲ませている。後ずさりしようとした私の手首を彼に掴まれた。その数舜後に私は、黒野くんの腕の中にいた。


平日の夕方の駅のホーム。
行き交う人たちが私たちを好奇の眼差しで見ていた。それでも彼は抱きしめる腕を解こうとはしなかった。
それどころか抱きしめる腕の力を強める。
制服のシャツが涙で濡れていく。


学校から走って駆け付けてくれたの?
私、いつもの電車に乗っちゃってたんだ。バカだね、私。


背中にしがみつくと黒野くんの胸板に顔面を押し付けた。それに応えてくれる力強い腕。
息苦しい。窒息しそう。だけど、まだまだ足りない。寂しさの痛みは消えない。