「志乃」

「なに?」

「呼んでみただけ」

「ふふふ、もう、なによ」


あれだけ名前で呼んで欲しいと言っても呼んでくれなかったのに。
笑うと、黒野くんも笑った。お腹に手を当てがうと黒野くんも手を重ねた。


たぶん私も彼も、他人より遥かに難易度の高い人生を歩もうとしているのは間違いない。
でも乗り越えて生きていきたい。そう思うよ。


「行こう」

「うん」


手を繋いで帰り道を歩いた。
星の輝きが増した気がした。
もうなにも怖いことなんかないってそう感じる。


そう、確かに、感じていた。


生まれて初めての幸福感のなかで私は無敵になった気でいた。
そうじゃ、ないのに。そんなこと、なかったのに。


――私の幸せは、長くは続かなかった。


数日後、私は明るかった髪の毛を真黒にした。覚悟を形として表したかったからだ。
クラスメイトにはすごく驚かれたし、先生にはやっと改心したかと関心したように言われた。



「お母さん私やっぱり学校は辞めるよ」

「……よく、考えたの?」

「うん」


その日の夜にはお母さんとこれからのことを話し、学校に事情を説明して退学の意思を伝えようと決めた。


だけどその夜から三日後の朝のことだった。私はお腹に違和感を感じ、お母さんに付き添ってもらって学校を休み、病院に行った。


痛みがあって、張っている感覚がずっとしていた。



「赤ちゃんの心臓、動いてないですね」

「え?」


……結論から言うと、私のお腹の中の赤ちゃんはいなくなった。


お腹の中で死んでいることを先生に告げられ、頭の中がいっきに真っ白になった。


その後も初期流産はよくあること、染色体にもともと異常があって大きくなれないケースがほとんど、など。説明を受けたけれど頭にはまったく入ってこなかった。


赤ちゃんがいなくなったことだけが重要な事実だったから。