顎に手を当てて考え込んでいると木田谷さんが私の肩に手を置いて微笑んだ。
「元気な赤ちゃんが生まれることを祈っているよ」
「ありがとうございます……」
外に出て、木田谷さんを見送った。小さくなる背中を黒野くんの横で見ながら先ほど教えてもらったことを考える。
守ろうとしてくれたなんて素直に嬉しい。でも……なんだろう。切ない気持ちになるのはなぜなのだろう。好きな人に大切にされて嬉しいのに、苦しい。
「おいどうした」
呆然としていた私に黒野くんの声がかかる。私は笑顔をつくり、黒野くんを見た。
「ううん、別に。なんでもないよ」
「そうか?つか、もう遅いから送る」
「ありがとう」
ズボンのポケットに手を突っ込んで歩き出した黒野くんに私もついて行く。
頭上では星が輝き、風がほのかに吹きつける。ふたりの歩幅は小さく、ゆっくりだ。たぶん私が速度を上げれば、黒野くんもきっと速くなるし、遅くすればそうなるだろう。一歩だけ黒野くんの後ろを行くと、微妙な距離を保ったまま俯いた。
なにか悶々とした、行き場のない想いが心に溜まったままで、重たく思う。
好きという感情は温かいだけじゃないんだね。一人で抱えておくには大きくて、辛いものがある。
会いたいとか、そばにいたいとか、たくさん考えることはあるけれど、私のこの感情が彼にとってただの迷惑にしかならないことに気づいている。
恋を知るにはあまりに遅すぎた。だって、恋を途中棄権する方法を私は知らない。この気持ち、止めることができない。気持ちの整理の仕方が、まるでわからない。
優しくされると気持ちが膨らんでいって、きつい。しんどい。泣きたくなる。
これから母になるのに、こんなことで泣きたくなるような豆腐メンタルじゃダメなのに……。
好きな人が、近くにいる。すぐ目の前を歩いている。手を伸ばせば、必ず届く。
それが無性にたまらない。
「具合でも悪いのか?」
「……っ……」
立ち止まった黒野くんが振り向いた。俯けていた顔を上げると、彼が思ったよりも近くにいて、びっくりしたのも刹那だった。彼が手を伸ばして私の額に触れたのだ。
掌の温度がダイレクトに伝わって、熱はないはずだけど、発熱しそう。
「そんなんじゃないから……っ」
たぶん、三秒も耐えられなかった。手をはらいのけると今度は私が先陣をきって歩く。
黒野くんに前を歩かせるからいけないんだ。目に、入っちゃうから。だから、こんなに胸も痛くなる。



