「妻を半年前に事故で亡くしまして……それまで仕事一筋でやって来ていたものですから、どう息子と接したらいいのかわからないんです。でも今日の誕生日だけは忘れちゃいけなかった。深く、反省しています」
木田谷さんが肩をすぼめて俯いた。私がなにかを偉そうに言える立場ではないのだろうけど、言いたいことがあった。
「木田谷さんはいいお父さんだと思いますよ」
「え?」
「だってさっき私たちに声をかけてきた時の木田谷さんの必死な顔、木田谷さんにも息子さんにも見せてあげたかったです」
文字通り、死に物狂いのようだった。必死な姿を息子さんが見たらきっと喜ぶと思う。
忘れていたとしても結果思い出して行動に移したのだし、それでいいと思う。愛のない父親だったら思い出したとしてもそれでお終いにしていたかもしれないし、そもそも思い出すことすらなかったかもしれない。
愛情があるからこそ、無我夢中で走ってここまで辿り着いた。
「完璧な父親なんていないんですよ。気持ちがあれば間違えても、遠回りしてすれ違ってもちゃんと伝わるものです」
私と母がそうだったように。そこにちゃんと気持ちと一握りの勇気さえあれば、いつか届くもの。
「志乃ちゃん……ありがとう」
「いいえー」
「でもどうして君はそんなに大人な考えを持っているんだい?」
木田谷さんの問いかけに私は笑った。
「私、これでももうすぐ母親になるんです」
言うことに迷いはなかった。制服を着ていても、子どもを授かったことは隠しておきたい恥ずかしいことではもうなくなった。誇れる私の遺産になったのだから。
「なるほどね。それは納得だなぁ」
「へへへ、でしょ?」
「僕が言っても説得力ないかもだけど、君はいい母親になると思うよ」
「説得力は置いといて、私もそう思う」
「ははは」
「……なんか楽しそうだな」
笑いあっていると黒野くんが扉の柱に寄りかかって呆れたような顔をしていた。
「ケーキできたの?」
「ああ。木田谷さん見ますか?」
「お願いします」



