「行かねえの?」
言った彼の、なんとも例えがたい表情に私の胸の音がまるで鈴の音みたいに高く反応した。
「行く……」
俯きながら呟くと黒野くんの隣に並ぶ。
一瞬、微笑んでいるように見えた。優しさが滲み出たような爽やかな笑顔だった。
他の人からしたらそんな大層な笑顔じゃないと言われるだろうし、彼のことをよく知らない人からしたらまだまだ“笑っている”という表現は似つかわしくないと言われるだろう。
でも、笑っていた気がしたんだ。
「黒野くん笑ってよ」
「はあ?」
「だって黒野くん全然笑ってくれないじゃん」
学校を出て駅まで続く並木道を歩いていた。木々が均等に並んでいて、影を落としてくれるから日焼けや暑さを気にせずに済む。葉と葉が風に揺らされ、擦りあって豊かな音を立てる。
黒野くんは私のことをなに言ってんだとでも言いたいような顔つきで見て来る。
「……面白くもないのに笑えるか」
「面白いことしたら笑ってくれるの?」
「なにする気だよ。お願いだからやめろ、な?」
頬の筋肉を揉み解す私に諭すような口ぶりで黒野くんが引き気味で口元を歪ませている。
私は立ち止まって深呼吸をすると一度彼にいたずらな笑みを見せびらかして渾身の変顔をお見舞いしてやった。これで笑わなかったらサイコパスだ。
……そして彼はどうやらサイコパスだったようだ。
「あ、あれ……? なんで笑わないの……?」
「…………」
そんな真顔でいられると、私、すごく恥ずかしいのだけど。
「ハハ、ハハハ……」と、乾いた笑いで誤魔化すと彼はなにも言わずに数歩進んで立ち止まる。目で追っていた私は黒野くんの肩が小刻みに震えていることに気がついた。
慌てて彼に駆け寄って、顔を覗き見ようとするけれど、彼はそれを拒否して暴れる。
「ちょっと! それ、絶対笑ってるよね⁉」
「やめろ……っ」
腕を掴んで顔の前から腕をどかしてみせた。すると彼があまりにおかしそうに笑っているものだから、私も面食らったように固まってしまう。
「おま……っ、それは反則だろ……っ」
我慢できないと言った風に溢れだす笑みを堪えきれない黒野くんは身体を屈めて笑っていた。
笑わせようと企てたのは私なのだけど、正直、ここまで笑ってくれるとは思っていなくて戸惑ってしまう。
でも初めての笑顔を見られたのは喜ばしい。



