話したいこともあるし。私たちは教室を出ると誰もいないところを目指した。そしてなんとなしに音楽室の前を通ると偶然誰もいないことに気づいた私たちは「ここでいっか」と入室。授業以外で入るのは初めてかもしれない。


床にはマットが敷き詰められていて、足音が吸収されているのを感じる。
横の壁には偉人の肖像画が飾られている。ベートーベンとバッハと……あとはなんだっけ。


思い出せないまま、適当な席に座ると黒野くんにもらった包みを開けた。


「なにそれ」

「黒野くんにもらったの。凄いでしょ、手作りだよ」

「は、まじ⁉ 黒野っちって女子力高い系男子だったの⁉」

「違うけど……そういうことでいいよ」


よくはないのだろうけれど、そういうことにしておいた方が面白い気がした。


プラスチックの容器が二個。赤に近いオレンジ色のものと、緑色のもの。確かムースって言っていたっけ。


ご丁寧にスプーンまで準備してくれている。楓の言葉を借りると女子力高い系男子っていうのはあながち間違いではないのかもしれない。


オレンジ色のムースをスプーンで掬って食べた。ニンジンの味がする。口どけが滑らかでとても食べやすい。


「……美味しい」

「すんごいね」

「一口いる?」

「いる!」

遠慮を知らない顔で目を輝かせた楓に、私も快くあーんしてあげた。口に含むと咀嚼することなく「美味しい!」と楓が満足そうに笑う。


黒野くんが作ったものだけど、私が誇らしく思っちゃうのは図々しいだろうか。


「それで、黒野っちと付き合ってますって報告?」

「っ、違うから……!」


前のめりになりながら否定の言葉を述べる私に楓が怪しんでいるような目を向けた。私は持っていた容器とスプーンを机に置いて咳ばらいをひとつ。


ここまできて言わないという選択肢はないのだけれど、いざとなるとやはり緊張してしまうな。

その緊張感を察知したのか楓がはやし立てることなく大人しく口を結んでいる。


「あのね……」

「うん」


溜まった唾を飲みこんで、うだうだ考えてしまう自分に喝を入れるように膝の上で握りこぶしをつくった。


「私ね、妊娠……してるの」