見てたよ。確かに見ていた。だけれど私はなぜ咄嗟に否定してしまったのだろう。


彼に注目していたと思われることがたまらなく恥ずかしく感じた。そして焦った。無防備に彼のこと見ていたから、急に声をかけられて羞恥心が刹那に煽られた。


手でたいして効果のない風を火照った顔に送る。それからすぐ始まった楓たち女子の試合に私は声援を夢中で送った。男子のほうは見ないようにしていた。


体育が終わって教室に帰るまでの間、楓にいろいろ言われたけれどいつもの私に戻って平然と会話することができた。不意をつかれなければ問題ない。


言葉巧みにいろんなことを言われたけれど、纏めると「黒野っちのこと好きなの?」だった。


「想像にお任せしますよ」


そう言ってはぐらかした。だってそんなの、私が知りたいぐらいだ。“好き”っていうものがどんなものなのか、それがわからないのだから判断のしようがない。


だけれど、なんとなく、今まで感じたことのないものは感じている。


具体的になんと言い表したらいいのかわからないけれど……熱い。そう、胸のあたりが焦げるように熱くて、優しい。熱いのに、優しいんだ。他の誰にも抱いたことのない気持ち。


昨日もまだ離れたくないとか、繋いだ手を放す時のなんとも言い難い切なさ。
今日は背中を見つけた瞬間心が舞い上がったし、差し入れをもらってすごく嬉しかった。


これが好きってことなのか、恋なのかは私にはまだわからない。
そうであればいいとは思うけれど。


教室に戻り、体操着の上から制服をもう一度羽織って次の授業の準備をしていると、少し遅れて男子たちが帰ってきたようで、休み時間の騒めきに低音が加わった。


後ろの席に座った彼の額が汗で濡れているのを見る。前髪がおでこにくっついていてなんとも愛らしいではないかといろいろ想いを馳せていると黒野くんの視線と私の目線がぶつかった。


「……お前って無意識に人を見つめる癖でもあんの?」

「黒野くんさ、意外とみんなに溶け込めてたね」

「なおしたほうがいいよ、それ」

「さっき男子たちとハイタッチしてたし」

「男は単純だから勘違いされるぞ」

「顔引きつってたから笑ったけど……って、なにが?」


まったく噛み合っていなかった会話。先に折れてやったのは私の方だ。なにを勘違いされるって?


黒野くんはすこし表情を固まらせて、言葉を迷っていた。


「……お前はもう少し男に対して壁をつくれ」

「なんで? 私は黒野くんとはもっと仲良くなりたいよ?」