怖いとか、面倒くさいとか、そんなくだらない理由で後回しにできるほど、軽い内容ではない。


そもそも反対されるのだろうか。
報告したところで「好きにしなさい」って興味なさげに言われたらそれはそれでどうしよう。


ここまで放置されていた経緯を鑑みると、案外あり得ない話ではなさそうだ。


そうやってぐるぐると考えごとしているうちに睡魔が私を襲った。
落ちて来る瞼を重力に逆らわせることなく閉じた私はそのまま深い眠りについた。





目覚めると私はいつも通りの手順を踏んで家を出た。違うことと言えば今朝は頑張ってちゃんとしたご飯を食べたことぐらい。今日はつわりも比較的軽くて、滑り出しは好調と言える。


返ってくることはないとわかっていながら「行ってきます」と言ってみたり、電車に乗って空いていた席に座りながら、子供を産むなら高校も辞めなきゃいけなくなるなって思って、あと何回この通学路を行くのかななんて感傷に浸ってみたり。


我ながら調子に乗り過ぎだと窓に後頭部をくっつけて深く息を吐き捨てると熱された頭を冷やした。


降りるべき駅の一個手前で電車が止まる。出ていく人が数人行ったあと、お腹の大きい女性が乗車してきたのが目に入った。


風貌からして自分と同じ妊婦さんだろう。しかもお腹はかなり大きいので、もう生まれる間際ではないかと想像させる。


辺りをきょろきょろ見渡して空いている席を捜しているようだった。私も同様に彼女が座れる席はないかと捜すけれど、席は満遍なく座られてあって空いていない。


彼女が座るべき優先席には既に杖をついたおじいさんと、それから高校生の男の子二人がさぞ楽しそうに話しに夢中になっている様子。その他の乗客もスマホや文庫本、新聞に没頭しているようで気づいていない。


「あの、よかったらどうぞ」


立ち上がり、席を譲った。
私も、妊婦だけど、お腹大きい彼女に立たせておくのは忍びない。


「え、いいの?」

「はい、私次の駅までなんで」


つわりも平気だし、転ばないように吊革に掴まっていれば問題ないだろう。


妊娠初期は見た目で妊娠していることがわかりづらいうえに、ちょっとしたことがトラブルに繋がったりするのだけれど、大きなお腹を抱えて立っているのも、かなり辛いと思う。


他に立つべき人はこちらの様子に気づいてすらいない。


「じゃあ、遠慮なく。ありがとうね」

「いいえ」


自然に笑うことができた。
いいことをしたからか、気分が頗る良い。


少し前の私だったら席は譲らなかったかもしれない。赤の他人に話しかけてまで立とうとは、悪いことをするのが少しかっこいいと尖っていた私がするとは思えない。


そもそも目につかなかったかもしれない。あの高校生二人みたいに友達と乗り合わせていれば周りを気にせず話していただろうし、ひとりでいたって、スマホに目線を注いでいたはず。


こんなにも見えるものが変わるのか。率先して人に優しくしたいって、初めて思ったかもしれない。


刺々しかった心が丸く、穏やかにそがれて形を変えられたみたいな感覚だ。