そんなもの、叶うわけもないけれど。


ほら、そうしているうちに家の最寄り駅に到着してしまった。
止まった車両に「私ここだから」と名残惜しくも立ち上がる。
離れた手の温度にぐっと寂しさが押し寄せる。


「ここでいいよ、歩いて十分ぐらいだし」

「……わかった」


黒野くんは電車の中、私は駅のホームに立って数舜の間見つめあう。


離れたくないって、こんなの、変……だよね。明日になれば学校でも会えるのだし、ここで別れても二度と会えないわけじゃない。


それでも心が焦がれているのがわかる。


「もうお前はひとりじゃないから――」

「え?」


プシュッと缶のプルトップを持ち上げた時のような音が鳴って、扉が閉まる。


続きはなんだったの。どういった意味だったの。


聞きたかったけれど、電車は無情に動き始めて徐々に加速した。


私は目線で彼を追いながらその場から動けずに立ち尽くしていた。
風が下から上に向かって吹き上げる。乱れる制服と髪の毛を手で抑えた。


もう私はひとりじゃない……?


「あれ……っ?」


頬に涙が一筋だけ伝う。指先で拭うと夜空を見上げた。
もう泣かないと決めたばかりだというのに、有言実行できなかった。
だけど、いいのかな、これは。だって嬉し泣き、だもの。


ひとりじゃないっていうのは、お腹に赤ちゃんがいるから?
それとも、俺がそばにいるって意味?


自意識過剰な考えだとは思うのだけれど、そんな気がしてならない。あんなにも優しい眼差しで、強い言葉をもらったら誰でもそう思ってしまうんじゃないだろうか。


両方の意味だったら、私は嬉しい。
微かに笑って私は家路につく。心は不思議と晴れやかだった。