純な、恋。そして、愛でした。



手慣れたように扉を開けると、備え付けてあった鈴がふたつ鳴った。
想像よりも低く鈍い音だった。


彼の背中に隠れながらよそよそしく足を踏み入れると、カウンター奥の方から優しそうなご婦人が顔を出した。


「陽介、お帰り。あれ、お客さんかい?」

「ああこいつはクラスメイトの……」

「あっこんにちは、高峰志乃です」


黒野くんに言われる前に名乗ると「えらいべっぴんさんば連れて来たのぉ」と微笑んでくれた。


嬉しくなって笑っていると黒野くんが「ばあちゃんは目が悪いから」と水を差すのでおばあさんに見られないように細心の注意を払いながら彼のつま先を踏んだ。


「……ってえな」

「バーカ」


そのやり取りを見ながらおばあさんは尚、微笑んでいた。


私は黒野くんに促されて奥の部屋に通された。お店のカウンターの向こうにケーキを製造する厨房があって、そこからのぼれる階段をいくと予想通りの生活スペースが表れた。


階段をのぼり終えたところにある玄関で靴を脱いだ私はウチにはない畳の柔らかな感触を踏みしめた。


「適当に座ってて」


足を踏み入れた先がリビングだった。部屋の真ん中に置かれたテーブルの前にたどたどしく腰を降ろすと視線をどこに落ち着かせるか迷って、目を泳がせていた。


転校して来たってことは、ここに引っ越して来たってことでいいのだろうか?


だけど腑に落ちない箇所が何個かある。
タンスに並べてある写真は少し埃っぽく感じるし、畳の網目も所々擦れていて、以前からここに住んでいるのではないかと感じるほど、生活感が溢れかえっている。
お店の中も、最近オープンさせた感じには見えなかった。


「面白いもんはなにもねえぞ」


いろんな所に目を向けていた私の頭上から声が飛んできた。
彼は私の向かい側に座ると目の前にいくつかケーキが乗ったお皿を置いた。


「うわあ、美味しそう!」

「……ふん」


目を感情のままに開いて、声は自然と普段より高くなる。黒野くんは相変わらず顔に力は入っていないようだけど、もらした息は、どこか誇らしげだった。


「食べていいの?」

「ああ、食べて感想を聞かせて欲しい」