純な、恋。そして、愛でした。



今度は黒野くんが一歩、私に近づいた。そして前髪の間にある目が怪しく光を放った……気がした。なに、なんなんだその雰囲気は。


「じゃあさ、お前」


後ずさりしたくなって、半歩後ろに下がると、ごくりと喉を鳴らした。
そして額どうしがくっつくかと思うほど顔をゆっくり近づけてきた彼に目をぎゅっと瞑る。


「甘いもの好きか?」

「……へ?」


なにを言われて、なにをしてくるのか身構えていた私は途端に力が抜ける。閉じていた瞼を開けた。


あ、甘いもの?


すっと距離をとった黒野くんは相変わらずの無表情。そんなクールな顔をしてなにを言い出しているのですか君は。今のは間違いなく心臓に悪かった。


数歩進んだところで私がついてきていないことに気がついた黒野くんが振り向いた。


「……来ないの?」

「……っ、行く」


従順に隣に行った私を鼻で笑って、長い脚を前に出して行く。
途中黒野くんの歩くスピードに着いて行けずに小走りした私を見た黒野くんはそれからは歩幅を合わせてくれているかのように感じた。私の気のせいかもしれないけれど。


たまに真っすぐ歩けなくて肩を黒野くんの二の腕にぶつけてしまったりして揺蕩う私に彼が「ちゃんと歩けよ、間抜け」なんて毒づかれてしまう。失礼なのは変わりない。


しばらく行くと、あまり馴染みのない街並に目を瞠った。
物珍しい骨董品などを取り扱うお店や、八百屋、酒屋、精肉店などが建ち並ぶ商店街は、まるで天井のない広大なスーパーのなかを歩いているかのように感じた。


学校の近くにこんな商店街があるなんて、初めて知った。


黒野くんが唐突にあるお店の前で立ち止まったので私も咄嗟に倣って止まった。


「ここ、俺んち」


紹介された建物を見る。目の前の錆びた看板に【ケーキ屋】と標されていた。文字の所々が欠けているけれど読める程度だ。


見た感じ一階がお店になっていて、二階が自宅になっている構造だろうか。
昔ながらのって感じで都会にあるそれらとはまた一風変わった雰囲気を纏っている。


中を覗き込んでも硝子の向こうには誰もいないようで、美味しそうなケーキたちがディスプレイのなかで大人しくしていた。


「ケーキ屋なんだ……」


しかしまさか、家に連れて来られるとは露程も考えていなかった私は驚きを隠し切れない。歯切れの悪い返事に黒野くんはお構いなくお店の扉に手をかけた。


「ばあちゃんただいまー」