昨日の出来事を事細かく喋るわが友は本当に幸せそうな顔をしている。人を好きになると、誰しもがこんな風になるのだろうか。


全身から歓びが伝わってくる。満たされているのが、声や表情から読み取れる。恋って、そんなにいいものなのかな。わからないな、私には。


ものすごく縁遠いもののように感じる。


――ガタタッ。


後ろから、椅子が引きずられる音がして肩を揺らした。振り向くとそこには当然、黒野陽介がいて息を飲む。


綺麗な伏し目がちの切れ長な目に視線が自然といってしまう。やはり、クラスメイトの男たちと比べても大人びていて、圧倒的な存在感がある。


「……なに」

「いや、べつに……」


目が合って、不機嫌な声を出した彼にそう言って前に向き直す。
昨日の苺ミルクのお礼を言おうと思ったけれどやめた。
いきなりそんな低い声出すかな、普通。


「うっわ、黒野っちの声久しぶりに聞いたかも」

「黒野っちってあんた……そんなキャラじゃないでしょ」

「そう?」


能天気な楓の発言に笑う。どう見てもそんなあだ名が似合う男ではないだろうに。ほんと、この子にはいつも笑わせられるっていうか……。


楓とは一緒にいて波長が合う。気が楽。彼女がどう思っているかは知らないけれど、少なくとも私はそう思っている。


だから妊娠のこと相談したいのだけれど、こう緩い関係だから真面目な話とかしたことなくて、どう切り出したらいいのかわからない。ドン引きされるかな、やっぱり。


高校生で妊娠って、常識的に考えてもやっぱり普通じゃないと思うし……。


予鈴が鳴って各々が着席していく。椅子を引く音が重なり合って一番うるさくなったその時。


「……昨日はほんとに悪かった」

「へ?」


一瞬、聞き間違えたのかと思った。
けれど振り向いた先にいた彼が真っすぐに私を見ていたから聞き間違いじゃなかったのだとわかった。


いきなりだったその不器用な謝罪に思わず笑いそうになって堪えた。なんだそれ。
教室に担任がやって来たから声が出せない。なので代わりにノートの端を破って文字を書く。


【苺ミルク、おいしかった】


そう書いて渡した。反応は見えないけれど、紙を触る微かな音は聞こえる。口角が上がりそうになるのを食い止めるのに私は必死だった。


でも実際、苺ミルクには感謝しているのだ。もとい、苺ミルクをくれた黒野くんに、だ。今朝も教室に来る前に自販機で苺ミルクを購入した。酷いつわりの中で気分が悪くならないものを見つけるのにかなり苦労していたから、有り難い。