息が出来なくなって数秒。酸素を求めて顔をあげた。思い切り息を吸い込むと肺が膨らむ感覚がわかった。
爆発した感情ならどこかに飛んで行ってくれてもいいのに、余韻と言えば聞こえはいいけれど、そんな優しいものじゃなかった。
怒りはおさまらず、虚しさへと変化した。
ああ、無になりたい。考える頭も、感じる心もいらない。
お腹に手を置いたのは無意識だった。でも今はひとりじゃなくてよかったと思う。
私はずっと孤独だった。母から関心を持たれず、友だちと夜の街でバカみたいに騒いでも、男の人からちやほやされても心は満たされなかった。
寂しさはどうやっても埋まらなくて、恋人をつくればなにか変わってくれると期待した。だけどやって来たのは期待したモノじゃなく、望んでなかった命だった。
けれど今は、お腹に手を置いたら心が安らぐような感覚がする。
私がこんなに苦しい想いを抱いているのは、お腹にできた新しい命のせいだと思っていた。
だけど、それは違うような気がしてきた。なぜだかわからないけど、私が苦しんでいるのは違うところにあるように感じる。
むくっと起き上がるとお腹が空いたとみぞおち辺りからお腹を一周させるようにさすった。
赤ちゃんのためにもなにか口にできるものを探さなくてはいけない。
私は餓死しても一向に構わないのだけれど、罪のないお腹の子を道連れにはできないだろう。
そして思い出したのは黒野陽介からもらった苺ミルクだった。
「……いただきます」
ストローをさして口に含むと、甘い味が舌を包み込み、喉を通った。美味しい。これなら飲めそう。
果物なら食べられるのかもしれないとふと思った。ムカつくけど、気づかせてくれた彼に感謝しなくてはいけない。
明日、会ったらどんな顔をすればいいのかわからない。
眠い。おかしい。たくさん寝たはずなのに。
洗面台で寝起きの自分の顔を見つめて頬を叩く。気分は乗らないけれどまたあの男に「お前誰?」なんて言われるのは癪だから化粧をするとしよう。
……あんなムカつくやつが理由なんてそれはそれで不本意だけど。
メイクアップして髪をブローしてリビングに行くとテーブルに置手紙があった。
【ハンバーグ、つくったので温めて食べてください。】
母の、整った綺麗な字。冷蔵庫を開けると俵型の大きなハンバーグがお皿に乗せられてあった。
小さい頃は母に「今日の夜ご飯なにがいい?」と聞かれたら迷わず「ハンバーグ!」と答えていたのは覚えている。
だけれど最近その記憶に靄がかかったように綺麗に思い出せない。
笑っていた記憶、遊んだ記憶、すべて思い出すことを心と頭が拒否しているみたいに、打ち消される。
そこに記憶は確かにあるのに、モザイクを乱雑にかけられた映像のようになるのだ。
詰まる胸をスッキリさせようと、ミネラルウオーターを冷蔵庫から取り出してコップに注ぎ入れるといっきに飲み干して家を出た。
ハンバーグは食べなかった。
「今日は化粧ばっちりじゃん」
学校に着くと、楓に開口一番にそう言われた。
そう言う楓も今日もばっちりメイクで登校していた。
つけまつげで大きくなった瞳が私を見ている。
「おはよう。まあね、昨日がイレギュラーだったの」
「ふーん。あそうだ、聞いてよ、昨日さぁ」
「うん」



