――もしかしてと思ったら、やっぱりそうだった。


家の最寄り駅から乗り継いで三十分ほどのところにある大きな総合病院に来ていた。診察を終えて外へ出ると、真夏の太陽が容赦なく照りつけてくる。
短く息を吐いて下を見ると、熱されたアスファルトがゆらゆらと揺れて見えた。


違っていたら、別にそれで良かった。むしろ勘違い、なにかの間違いであって欲しかったのに、現実は私に優しくないみたいだ。


今日で夏休みも終わるっていうのに。


これからどうしよう。そう肩を落として頭を悩ませていた時、お気に入りのショルダーバックに入れていたスマホが小刻みに揺れていることに気づき、手を伸ばした。


画面に表示された「まさくん」の文字。迷うことなく電話のアイコンを横にスライドさせて、スマホを耳にあてがう。


「もしもし」
「あ、俺だけど、今暇?これから来ない?」


聞き慣れた声。そして突然のお誘い。いつも通りの誘い文句だから、きっと家に来いということだろう。


え、いまから? そう思ったけれど、先ほど先生に言われたことをこの電話の相手、私の彼氏である崎本雅史(さきもとまさし)にも言わなくてはならない。
気分は乗らないが、このまま向かったほうがいいだろう。出直すのもすごく面倒だ。



「いいよ、今から行く」

「わかった。気をつけてくるんだよ」


そして切られた通話。時間にして二十二秒。深い息を鼻から吐いて、止めていた歩みを進めた。歩くたびにヒールの響きの良い高い音がする。


淡白な付き合いだと自分でも思うけれど、それで良いのだと思っている。だって、正直気持ち全然ないし。


彼のことは好きじゃない。嫌いでもないけど。そもそも好き、とかそういった感情が私にはよくわからないのだ。


じゃあなんで付き合っているのかと聞かれたら返答に困るのだけれど、一言で簡潔にいうならそれはただの気まぐれだった。


ナンパされて、何回か団体で遊ぶうちに付き合わないかと言われて、友だちからもイケメンだから付き合っちゃいなよってそそのかされていい気になっただけ。


付き合ってまだ半年も経っていないと思う。四ヶ月……だっけ? 記念日も興味ないから覚えていないや。歳は確か二十二だったと思う。十七才の私より五才上だと聞いたのは記憶しているから間違いないと思う。


腕にしてある腕時計を見た。ここから彼の家まで十五分ぐらいか。
駅に向かい、定期券をかざした。悠長に歩いていると後ろから駆け足でやって来た中年のおじさんが肩にぶつかって来て、転びそうになる。手に持っていた定期は勢いで落として向こうに飛んで行ってしまった。


「ちょっと……っ」


謝んなさいよ! そう怒鳴ってやろうと思ったのに、ぶつかって来たおじさんはあっという間に走り去って行った。胸糞悪い。転んで、お腹でも打ち付けたらどう責任とってくれるんだよ。


心の中で毒づきながら落とした定期券を拾い、乗車した。そして空いていた席に座る。
日曜日の午後。席が空いていたことに感謝しつつ、額に滲んだ汗に手で風を送る。そして何気なく、優先席に目をやって、そらした。