「おはよう、沙耶」


沙耶と同じ漆黒の長い髪と、漆黒の瞳を持つ母親。


黒橋ユイラ。父の最愛の妻であり、絶世の美貌をもつ(父親談)沙耶の母親。


彼女は微笑みながら、沙耶に手を伸ばす。


「おはよ、お母さん」


挨拶を返せば、伸ばした手で沙耶の頭を優しく撫でるお母さん。


「寝癖がついていたわよ?」


魅力的な母親はそう言って、沙耶の寝癖を直すと、


「下、皆いるから。私は、健斗を起こしてくるわね」

と、沙耶の部屋よりも奥の部屋へと進んでく。

「ほーい」

お父さんがまだ寝ているということは、お母さんが起こしに行ったとしても、絶対に起きてこない。


それは、分かりきっていること。


父さんの“あっち”が目覚めて、“甘え”が始まるから。


「あ、おはよ~沙耶」


「湊、来てたの?」


「うん。昨日…いや、今日?仕事でね。午前二時とか、本当に殺す気かよってね…ま、暇だったから良いけどぉ~」


階段を降りていると、下からかかった声。

チャラ男全開な彼は、沙耶の父親の幼なじみであり、仕事の部下である夏川湊(なつかわ みなと)。

彼女はおらず、仕事のためだけに女関係を渡り歩いている男である。


「お父さん、仕事していたわけ?珍しいね、お母さんを置き去りにしてまで…」


沙耶の父親であり、母親のユイラを溺愛している黒橋健斗は、どこへ行くにも、ユイラを連れていく。

そんな彼が朝早くから、母さんをつれずに動くことは緊急の場合、あり得ない。


そんな沙耶の予想通り、湊は笑う。