□沙耶side■



「春ちゃん、本当に大丈夫?」


「うん、大丈夫、大丈夫」


腰を擦りながら、隣を歩くのは、春ちゃんこと小栗心春。大兄ちゃんが昨日泊まっていた家の主で、年は、大兄ちゃんと同じ、28。

恋人はおらず…いや、大兄ちゃんがいるので、出来ないと言った方が正しいのかもしれない。


ふわふわな茶髪のミディアムに、垂れ気味の瞳。


声は女の子らしい少し高めの声で、香水は軽くかおる程度。

気遣いも完璧で、料理上手。


こんな女の子がモテないはずがない。


「大兄ちゃん、だよね?」


確認するように聞くと、春ちゃんは苦笑した。


「ははっ、流石、妹さん。よく分かっていらっしゃる」

「やっぱり…」


恋人かどうかはっきりもさせてないくせに、春ちゃんに依存し続ける大樹兄は、心の拠り所は春ちゃんだけらしく、ほぼ、毎日、彼女の家を訪ねている。

まぁ、それもこれも、大兄ちゃんが大兄ちゃんらしく、甘えられる場所を私が奪ってしまったから…


「沙耶?」


俯いた沙耶の視界にいきなり映り込んできた、春ちゃん。

「なに、考えているのかな?」


沙耶が考えていることをわかっているとでも言いたげに、春ちゃんはニッコリと笑った。

「そんなことを考えちゃダメ。あの時、沙耶は助かったんだから。ちゃんと、胸を張って生きなさい。おじさんや、おばさん、大樹や、勇真は、沙耶を責めないでしょ?勿論、私も責める気なんてない。あれが、アイラさんたちの運命だったならば、仕方がないことなの。守られたことを悔やむ前に、守られたことで生きている今、何をして、何を思いながら、生きるのかが大切。何度もそう、言っているよね?」


12年前、亡くなった大兄ちゃんの本当の父親。


お母さんの双子の妹である、藤島アイラと社長の娘だったアイラを護るためにつけられた護衛の平岡朝陽。


朝陽が死んで、アイラがいなくなった。


そして、朝陽が死んでしまったのは、私のせい。


だから、大兄ちゃんの両親が消えたのは、私のせい。


でも、目の前の春ちゃんを初めとしたみんなは、沙耶のことを責めてくれない。


お前のせいで、と、責めてくれれば、どれ程、楽になれるだろうか。


私は一体、いつになったら、抜け出せるだろうか。



この後悔の牢獄から…



恐らく、それは永遠にない。


生きている限り、私は罪に縛られる。


忘れられない。

忘れちゃいけない。

私が忘れれば、消えてしまう。


朝陽という存在が、


アイラという存在が、


だから、忘れるわけにはいかないのだ。


周りが何と言おうと、


私は忘れない。


この罪を背負って、



死ぬまで生きていく。


だから、恋はしない。


お姫様を見つけ出すために、大切なものはこれ以上増やさない。


無くさない。


もう二度と。


大切なものは、この腕に包み込んで。

渡さない。

お祖父ちゃんにも、残酷な運命にも。




死ぬまで愛されなくていいから、



周囲が幸せでありますように。




それが例え、自分自身の偽善だとしても。


私は、貫く。

お母さんからこれ以上、笑顔を奪いたくない。


両親が与えてくれた命を燃やし、幸せな日常と引き換えにお姫様を見つけ出して、取り返すから。


そのためには、何だってするから…





止まれなんて、言わないで。





私に現実を見せないで。