「神崎さん、好きだったんだ、あの、去年、一年の時の文化祭で神崎さんのクラスで売ってたクレープを買って、ありがとうございましたって渡してくれた時からずっと好きだったんだ。他の子はもっと軽い感じだったのに、神崎さんはなんだかすごく恥ずかしそうに売ってたのが印象的で」僕、三組の池口って言うんだけど、の後に続く言葉がなんでそうなんだろう。中学校の校舎の端、近付くと経年劣化で白色がうっすら黒ずんでいることが分かる壁際に詰め寄られた私からは、向かいの川とその幅五メートルぐらいの川を越えた先のしょぼい住宅街が見えた。「いきなりこんなこと言われてびっくりするかもしれないんだけど、あの、良かったら僕と付き合ってください」あと、目には見えないけれど彼の友達らがこの現場を覗いているような声と気配の揺れが、頭上をぴーっと線でつなげた先の三階の窓からこぼれてる気がする。キャッキャかワイワイか何なのか分かんないけど、エンターテイメントを意地汚く食べようとする心が頭上から落ちてきて私の頭頂部にカッってぶつかって、私は頭を垂れる「ごめんなさい気持ちは嬉しいのですが応えかねますのでごめんなさい」そして、そそくさと立ち去ろうとする私を彼は「え、あ、ちょ」とか言う言葉にもなってない音で止めようとして、私の腕を掴んだ夏の半袖シャツから出た素肌の手首を。驚いて私はその時初めて彼の目を見た私を見ていた彼はいかにも真剣なんだと言わんばかりの眼差しで私を見ていたけど、それは私の表層を通り抜けてかと言って心ほど深くも到達しないで、半端にシャツとスカートの中を見つめたがる卑しい浅ましい目に見えて気持ち悪くなって頭がくらくらした、変な毒を塗った素肌がto素肌で私の皮膚血管を通して私の中に染み込んでいくようで。下を向くと、雨の名残をじゅるっと残した土が目に入った、校舎で影になっているから乾きづらいのだろう。「ごめん、私、そういうのはごめんなさい、ほんと」ぽろりと手が緩んで、彼の顔をそのまま見ないで早足で校門に向かって駆け出す気持ちで早足で歩いて行く、私から点で繋ぐと真っ直ぐ頭上からの直線だったものが斜め上に移動してそこからもう気配ではなくがっかりな方面に囃し立てる声が聞こえてきた。これぐらい、立ってる、普通に歩いてる、歩いてると思うけれど、素肌よりもっと目が怖かったあれは対等な心の人間を求めてるんじゃなくてぐちょぐちょに汚れただけの欲望を人にぶつけたがってる目だ。世の中にセックスを求める人間たちがいる事まではまあ譲れるそこまではいいそういう人もいるだろう沢山いるかもしれないでもそれを私に投げないで。教科書と辞書でぱんぱんに膨れた肩掛けのスクールバッグが重い右肩にゆっくりと沈んでいくでも私は歩いてるバス停までの道を今朝は雨が降ってたから今日は自転車じゃなくてバスで来たから。
昼前にはもう雨は上がっていたけれど、バス内はまだ少しじめっとした空気を残していた、梅雨は面倒だ。私は一番後ろの五席分繋がった特等席シートの端に座っていた、ここらのバスに乗る人は少ないから座りたい放題で、雨の日はいつもここに座る。特に何がある訳でもないけど、小学校の遠足でバスに乗る時は取り合った人気の席だったなあとここに座ってみて以来、雨の日の私はここが定位置になっている。膝の上にスクールバッグを立てて置いた上に両腕を交差させてそこに顔を埋めて目を閉じる、過敏すぎる反応をしてしまっただろうかと自己嫌悪する、男嫌いのレズ女だとかまた言われてしまうかもしれない。でも、だって、しかたないでしょう、だって、ただの目なのに、違うクラスの男の子の目しかないのに、それがこわかった。ぎゅっと目を瞑る。中央図書館前、中央図書館前、と運転手がアナウンスするのが聞こえた。しかたない、しかたない、あと一年半で公立の中学校から出られる、それまで、それまで、と思う。ああ、早く女子校の高校に行きたいな、ポーと間抜けなドアの開閉音が鳴って人が出てくる入ってくるポツポツ。埋めていた顔を上げて、ぼうっと人を見る顔じゃなくてぼんやり人の全体像と背景を見る見方で。青いデニムのズボンと黒いTシャツが乗り込んできて私は外を見やる窓の外。中央図書館の入り口の自動ドアが少しして開いたり閉じたり少ししてまた開いたりするなんでもないただの景色、を映す私の黒目とバスの窓ガラスにうっすらと、そこに異物が映りこむよりその気配を察知する方が少し先だったかもしれない。となり。一番後ろの五人掛けのシートの端の私の、随分空いているバスの、となり。些細なことながらもさっきのことがあったせいかもしれない胃腸がヒヤッとして、でも自意識過剰もここまで来ると気持ち悪いよねだからまあ落ち着いてよみたいなテロップが頭の中で流れて、でも私の目は窓から貼り付いて取れないまま、バスの中を反射してうっすらと映す窓と流れていく見慣れた風景を見ていた住宅街少年四輪付きの自転車微笑ましい住宅街住宅街、すっかりモヤがかかった鏡みたいな窓の表面、私と隣の男の目が合った。笑う、彼は口を閉じたままゆっくり口角を上げて、それから少し歯を見せて笑った頭上から死なない雷で打たれたみたいに動けなくなったこわくて。わかんない大したことじゃないのかもしれない大したことなんて起こらないのかもしれないでもこわくて。ぬるくて温かかった、手が、膝丈の紺のスカートを捲り上げて侵入する手のひらが。窓ガラスに映った彼の笑顔を見ているゆっくりでもなく躊躇い無く私の太腿を擦るぬる気持ち悪い温度が。臍の下のパンツの入り口にそれが指をかけた時、顔だけ金縛りが取れて顔をぶんっと振って肩と首をぎいと強張らせたまま俯くしかできなかった見えた短い汚い指が布の中に入っていくのを。パンツの中に太い毛虫が入っていくみたいにそれがごねごねと蠢いて奥に近付いていくけど立てた鞄の上に腕を交差したまま固まって動かせない喉も固まって何も言えない擦られているパンツの中の皮膚の表面を指が楽しげに踊っている私を底の底まで絶望させるためみたいに。そんな簡単に絶望を忘れられると思うの?とサイコパスな笑顔で私を脅すみたいに。なでる、こする、男の指が表面を動くたびにパンツの上の所がちらちらっと揺れて毛の生え際が見えた、中央公園前ー?中央公園前ー?ごしごしと強く擦られる、毛が従順に毛並みを動かさせれている前、後ろ、前、後ろ、まえうしろまえうしろごしごしごしごしもう気持ち悪いとか怖いとか感じる隙間もなかった私はただ精神と身体の全てをその男に操作されていて止められていて感情にすらならない圧倒的な恐怖が私の全てを包んでいた、思い出した、思い出していた、あの夏休み。
それでも、真っ先に思い浮かんでくるのは、田舎の古い一軒家のかび臭い匂いと蝉の鳴き声だ。痴呆症になりかけたおばあちゃんが骨折した類の事情で、私は小学三年生の夏休みの間、お母さんの妹の叔母さんに当たる人とその三人の子どもたちが暮らす田舎の家に預けられていたのだ。叔母さんは学校の先生をしていて忙しい人だった、年が離れた兄弟のうち下の二人は小学生で午前中は学校のプールに行くことが多かった、高校生のお兄ちゃんと近所の小学校の子どもではない私だけが家にいる午前中も週に三、四度ほどあった、お兄ちゃんは下の兄弟にあまり構わないどちらかと言うとぶっきらぼうな人だったけどそうした時は私を部屋に入れてくれた、家から二十分歩いたところにあるビデオショップで借りてきた当時流行していたアニメを観せてくれた、絵里ちゃんは一人で家に来ないといけなくなって可哀想だから絵里ちゃんにだけ見せてあげる他の一人に言ったらもう見せれなくなるから内緒だよ、と言った。マックスまで網戸を開けた、扇風機を強にしたお兄ちゃんの部屋の外からは蝉の鳴き声以外はほとんど音が聞こえてこなかったのを覚えている。田舎だから人通りも少なくて、時々車がヴーっと通り過ぎていく音がするだけだった。たまに風に揺らされて向こうの縁側に垂らされた風鈴の音が小さく余韻をもたらしてくる以外は、蝉がみんみんみんみん鳴いているばっかりだった雌を求めて発情して生殖するために。お兄ちゃんは勉強道具が積まれた学習机の前の椅子に私を座らせてアニメを観せて、その机の下に潜っていた私はお兄ちゃんを気にしていなかった。お兄ちゃんは私のパンツをいじったりその中を触ったり、インスタントカメラで写真を撮る音が聞こえてきたりしたけど、私は取り立ててそれを気に留めずに、なにやってるんだろう私はお母さんの腕の柔らかい毛と皮膚に顔を埋めてその感触をほわんぽわん楽しんだりするけれどそういう類の遊びなのかな、ぐらいにしか思っていなかった。でも、一回だけ嫌だった時があった、お兄ちゃんが机の下に潜っていないで立ってパンツを脱いで私の足と足の間に突っ込もうとしてきた時。お兄ちゃんの足と足の間の何かがぴんと前を向いていたのでびっくりしてアニメから目を離した、お兄ちゃんは触ってみてと言ったさわる?なんで?ふだん服を着て見えなくしているところを触ってと言われたのが意味が分からなくてこわごわ指を近づけて人差し指でつついたけど、違うと言われて手の上から手をこすらされてぬるっとしたスライムがお兄ちゃんのそこにまとわりついてるみたいで気持ち悪くてでも子どもは正直だって言っても子どもの皆が正直に嫌って言える訳じゃなくて、それからお兄ちゃんに口でくわえてって言われて、だって口ってご飯を食べたり飲み物を飲んだりすることだからどういうことか分からなくて、困っているうちに私の肩を力任せに下に押してくにゃっと正座みたいになって、口につっこまれて、それから、それから・・・。ずっと蝉が鳴いていたずっと蝉は鳴いていたお兄ちゃんが「うっ」と言って身体を震わせ私の小さな四肢にしなだれかかるようにだらしなく抱きついた、ふるえる、からだが、とまる、おにいちゃんが、ひっこぬく、わたしに根付いて取れないかと思った痛い痛い根っこを。痛い。痛い。痛いようええ。わんわん泣きながらお兄ちゃんの部屋の時計を見た、十時五十分、まだ兄弟たちも帰ってこない時間だった、彼らはたぶん小学校のプールで平泳ぎなどをしていた、足の間がひりひりしてじんじんしてさっきまで裂けそうだったけど裂けなくてその時私は蝉が発情のために鳴くのと一緒にわんわんわんわんと泣いていた。
昼前にはもう雨は上がっていたけれど、バス内はまだ少しじめっとした空気を残していた、梅雨は面倒だ。私は一番後ろの五席分繋がった特等席シートの端に座っていた、ここらのバスに乗る人は少ないから座りたい放題で、雨の日はいつもここに座る。特に何がある訳でもないけど、小学校の遠足でバスに乗る時は取り合った人気の席だったなあとここに座ってみて以来、雨の日の私はここが定位置になっている。膝の上にスクールバッグを立てて置いた上に両腕を交差させてそこに顔を埋めて目を閉じる、過敏すぎる反応をしてしまっただろうかと自己嫌悪する、男嫌いのレズ女だとかまた言われてしまうかもしれない。でも、だって、しかたないでしょう、だって、ただの目なのに、違うクラスの男の子の目しかないのに、それがこわかった。ぎゅっと目を瞑る。中央図書館前、中央図書館前、と運転手がアナウンスするのが聞こえた。しかたない、しかたない、あと一年半で公立の中学校から出られる、それまで、それまで、と思う。ああ、早く女子校の高校に行きたいな、ポーと間抜けなドアの開閉音が鳴って人が出てくる入ってくるポツポツ。埋めていた顔を上げて、ぼうっと人を見る顔じゃなくてぼんやり人の全体像と背景を見る見方で。青いデニムのズボンと黒いTシャツが乗り込んできて私は外を見やる窓の外。中央図書館の入り口の自動ドアが少しして開いたり閉じたり少ししてまた開いたりするなんでもないただの景色、を映す私の黒目とバスの窓ガラスにうっすらと、そこに異物が映りこむよりその気配を察知する方が少し先だったかもしれない。となり。一番後ろの五人掛けのシートの端の私の、随分空いているバスの、となり。些細なことながらもさっきのことがあったせいかもしれない胃腸がヒヤッとして、でも自意識過剰もここまで来ると気持ち悪いよねだからまあ落ち着いてよみたいなテロップが頭の中で流れて、でも私の目は窓から貼り付いて取れないまま、バスの中を反射してうっすらと映す窓と流れていく見慣れた風景を見ていた住宅街少年四輪付きの自転車微笑ましい住宅街住宅街、すっかりモヤがかかった鏡みたいな窓の表面、私と隣の男の目が合った。笑う、彼は口を閉じたままゆっくり口角を上げて、それから少し歯を見せて笑った頭上から死なない雷で打たれたみたいに動けなくなったこわくて。わかんない大したことじゃないのかもしれない大したことなんて起こらないのかもしれないでもこわくて。ぬるくて温かかった、手が、膝丈の紺のスカートを捲り上げて侵入する手のひらが。窓ガラスに映った彼の笑顔を見ているゆっくりでもなく躊躇い無く私の太腿を擦るぬる気持ち悪い温度が。臍の下のパンツの入り口にそれが指をかけた時、顔だけ金縛りが取れて顔をぶんっと振って肩と首をぎいと強張らせたまま俯くしかできなかった見えた短い汚い指が布の中に入っていくのを。パンツの中に太い毛虫が入っていくみたいにそれがごねごねと蠢いて奥に近付いていくけど立てた鞄の上に腕を交差したまま固まって動かせない喉も固まって何も言えない擦られているパンツの中の皮膚の表面を指が楽しげに踊っている私を底の底まで絶望させるためみたいに。そんな簡単に絶望を忘れられると思うの?とサイコパスな笑顔で私を脅すみたいに。なでる、こする、男の指が表面を動くたびにパンツの上の所がちらちらっと揺れて毛の生え際が見えた、中央公園前ー?中央公園前ー?ごしごしと強く擦られる、毛が従順に毛並みを動かさせれている前、後ろ、前、後ろ、まえうしろまえうしろごしごしごしごしもう気持ち悪いとか怖いとか感じる隙間もなかった私はただ精神と身体の全てをその男に操作されていて止められていて感情にすらならない圧倒的な恐怖が私の全てを包んでいた、思い出した、思い出していた、あの夏休み。
それでも、真っ先に思い浮かんでくるのは、田舎の古い一軒家のかび臭い匂いと蝉の鳴き声だ。痴呆症になりかけたおばあちゃんが骨折した類の事情で、私は小学三年生の夏休みの間、お母さんの妹の叔母さんに当たる人とその三人の子どもたちが暮らす田舎の家に預けられていたのだ。叔母さんは学校の先生をしていて忙しい人だった、年が離れた兄弟のうち下の二人は小学生で午前中は学校のプールに行くことが多かった、高校生のお兄ちゃんと近所の小学校の子どもではない私だけが家にいる午前中も週に三、四度ほどあった、お兄ちゃんは下の兄弟にあまり構わないどちらかと言うとぶっきらぼうな人だったけどそうした時は私を部屋に入れてくれた、家から二十分歩いたところにあるビデオショップで借りてきた当時流行していたアニメを観せてくれた、絵里ちゃんは一人で家に来ないといけなくなって可哀想だから絵里ちゃんにだけ見せてあげる他の一人に言ったらもう見せれなくなるから内緒だよ、と言った。マックスまで網戸を開けた、扇風機を強にしたお兄ちゃんの部屋の外からは蝉の鳴き声以外はほとんど音が聞こえてこなかったのを覚えている。田舎だから人通りも少なくて、時々車がヴーっと通り過ぎていく音がするだけだった。たまに風に揺らされて向こうの縁側に垂らされた風鈴の音が小さく余韻をもたらしてくる以外は、蝉がみんみんみんみん鳴いているばっかりだった雌を求めて発情して生殖するために。お兄ちゃんは勉強道具が積まれた学習机の前の椅子に私を座らせてアニメを観せて、その机の下に潜っていた私はお兄ちゃんを気にしていなかった。お兄ちゃんは私のパンツをいじったりその中を触ったり、インスタントカメラで写真を撮る音が聞こえてきたりしたけど、私は取り立ててそれを気に留めずに、なにやってるんだろう私はお母さんの腕の柔らかい毛と皮膚に顔を埋めてその感触をほわんぽわん楽しんだりするけれどそういう類の遊びなのかな、ぐらいにしか思っていなかった。でも、一回だけ嫌だった時があった、お兄ちゃんが机の下に潜っていないで立ってパンツを脱いで私の足と足の間に突っ込もうとしてきた時。お兄ちゃんの足と足の間の何かがぴんと前を向いていたのでびっくりしてアニメから目を離した、お兄ちゃんは触ってみてと言ったさわる?なんで?ふだん服を着て見えなくしているところを触ってと言われたのが意味が分からなくてこわごわ指を近づけて人差し指でつついたけど、違うと言われて手の上から手をこすらされてぬるっとしたスライムがお兄ちゃんのそこにまとわりついてるみたいで気持ち悪くてでも子どもは正直だって言っても子どもの皆が正直に嫌って言える訳じゃなくて、それからお兄ちゃんに口でくわえてって言われて、だって口ってご飯を食べたり飲み物を飲んだりすることだからどういうことか分からなくて、困っているうちに私の肩を力任せに下に押してくにゃっと正座みたいになって、口につっこまれて、それから、それから・・・。ずっと蝉が鳴いていたずっと蝉は鳴いていたお兄ちゃんが「うっ」と言って身体を震わせ私の小さな四肢にしなだれかかるようにだらしなく抱きついた、ふるえる、からだが、とまる、おにいちゃんが、ひっこぬく、わたしに根付いて取れないかと思った痛い痛い根っこを。痛い。痛い。痛いようええ。わんわん泣きながらお兄ちゃんの部屋の時計を見た、十時五十分、まだ兄弟たちも帰ってこない時間だった、彼らはたぶん小学校のプールで平泳ぎなどをしていた、足の間がひりひりしてじんじんしてさっきまで裂けそうだったけど裂けなくてその時私は蝉が発情のために鳴くのと一緒にわんわんわんわんと泣いていた。
