相変わらず、わたしたちの会話はゆっくりだ。
「アイ、帰るよ」
返事が無いのが当たり前だったのに、振り返ればアイが、行こう、とニコニコと笑っている。
当たり前のように耳をすり抜けてくる、アイのくせにちょっと甘い声。
生意気、わたし、その声すごく好きだよ。
廊下の窓から外を見れば、まだまだ夏だった。
夏休み明け、喋れるようになったアイにクラスメイトたちが、よかったね、って群がるのを遠目で見た。
おろおろして、ちょっと恥ずかしそうに、ありがとう、って控えめにはにかむ。
そんな顔を目に焼き付けて、もうすでにいっぱいいっぱいの宝箱に無理やり詰め込んだ。
たぶんわたしは、死ぬまでこうやってアイの一瞬を切り取って、ぜんぶ捨てずに生きていくんだろう。
持ちきれなくなったらアイにも持ってもらって、でも、アイも同じようにわたしの一瞬を切り取ったものをわたし以上にたくさん持ってるから持ちきれなくて、どうしようか、って困ったように笑うんだ。
わたしたちばかだね、ばかになるくらい好きなんだね。
校舎を出て二人並んで歩く。
今日の授業がちょっと難しかったとか、お弁当が美味しいかったとか、アイス食べたいねとか、ゆったり喋って、アイがくすくす笑うからわたしも同じように笑った。
ノートの会話よりもテンポが速いけど、わたしたちの会話はゆっくりだ。
だめだなぁ、そういうの、楽しくて。
「カフェ行こうよ」
シャリシャリしたの食べたい、とわたしが言ったら、シャリシャリしたの俺も食べたい、ってくしゃくしゃの顔で笑うから何だかくじけそう。