「――なあ。あいつも来るなんて、聞いてないんだけど」
柊くんがお手洗いに立ったとたん、別人のように顔をしかめ、声のトーンを落とした久遠くんが、間髪入れずにそう言った。
それにしても、あいつ呼ばわりするのは、さすがにひどいのでは。
「う……ごめんね」
「あーあ。マジで、やりづら」
「でも、わたしより柊くんのほうが頭いいし、きっと力になってくれると思う、よ」
「そういうことじゃねーから」
柊くんがいるおかげで、久遠くんはずっと、例の“猫かぶり”を続けざるをえないらしい。
窮屈に感じているのなら、そんなのやめちゃえばいいのに……と思うのだけど、なかなかそういうわけにもいかないみたい。
久遠くんは、怒っている、というよりも、本当に困ったような顔で、眉を下げていた。
彼の吐いたため息が垂直落下したのち、人知れずテーブルにぶつかったのを感じて、悪いことをしてしまったかな、と少しだけ思う。
もちろん、当初の予定としては、わたしはここへひとりで来るつもりだったのだ。
だけど、事情を聞いた柊くんから、「ななって人の勉強みてる場合なの?」と図星を突かれてしまい、うまく答えられなくて。
まごついているわたしに、優しい幼なじみは「俺も一緒に行こうか?」と言ってくれた。
それを辞退するなんてこと、わたしには、到底できるはずもなかったのである。



