「さっき庇ってもらったとき、はっきりわかったんだ。あいつがヒーローで、俺がルーザーだって。そりゃ、きなこちゃんも好きになるよなって」


そこで、やっと、ちゃんと目が合う。

まだ少し濡れた瞳が、覗きこむようにして、じんわりとわたしを映しだしていた。


「あのさ。俺、けっこう、大丈夫だよ」


吸いこまれるように見つめ返していると、彩芭くんは、ふいに目を細めて、微笑んだのだった。


「まあ、たしかに、嫌な記憶が蘇って頭が真っ白になったし、当時を思い出して体が動かなかったし、すげー恥ずかしくて逃げだしちゃったし、情けなくてちょっと泣いちゃったけど?」


どこかおどけた口調だ。

だけどこちらは、ジョークみたいに、受け流すことなんてできない。


「でも、ほんとに、わりと大丈夫なんだよ」


音もなく、静かに、両手が繋がっていた。

握り返すべきかさんざん悩んだ末、そんな勇気すら持てなかったわたしに、彩芭くんは、内心では、絶望しているかな。


「俺がいま大丈夫でいられてんのは、きなこちゃんのおかげ。きなこちゃんと一緒にいるうちに、俺、自分のこと、すげー好きになれた。その証拠に、さっきみたいなのも、全然へっちゃらになってるし」


どうして、あとからあとから、涙が落ちて、しょうがないのだろう。


「だから、もう充分だって……思わなきゃいけないよな」


このしょっぱさの正体などわからないまま、どうにも我慢できなくなり、思わずうつむいて、嗚咽に似た声を漏らしてしまった。