「あのね、もし困ったことがあれば、なんでも言ってね。英語はそんなに得意じゃないけど、電子辞書っていう強い味方もいてくれるし……」
「へえ? 木原さんさ、ひょっとして、けっこうお節介なほう?」
「え?」
「それとも、おとなしそうな顔して、がっつり面食いのミーハー? すげーグイグイくるじゃん」
「……え、と」
――誰?
声も、しゃべり方も、まるで別の人になったみたい。
久遠くんは、いきなり、とても流暢な日本語を紡ぎはじめた。
「悪いけど、俺、普通に日本語いけるんだよね」
おまけに、顔つきまで、さっきまでとはぜんぜん違う。
「人付き合いめんどいから、コミュニケーションに難アリっぽくしてるだけ」
どこか退屈そうに、
そして、世の中をまるごと嘲笑しているかのように。
とにかく、すごく意地悪に、左側だけの口角を上げた久遠くんは、ゆったりとした動作で、頬杖をついた。
「……まあ、でも、ちょうどよかった、使い勝手よさそうなやつがいて」
とん、と。
指先で額を軽く押されただけなのに、そのまま失神してしまうかと思った。
「どうも。よろしく、“きなこちゃん”」
ものすごい勢いで、全身から血の気が引いていく。
いったい、いま、なにが起こっているの。
やっぱりきょうは人生最悪の日で間違いない。
だって、出鼻をくじかれた、どころではない。
あしたから、ちゃんと登校できるのかさえ、不安でしょうがなくなってしまった。



