「君のことは見かけたことあるな。入学してそんな経ってないから、名前までは知らなかったけど」
「っ、あ……の!」
どうしよう、私も自己紹介しなきゃ……。
そうだ、あのメモアプリ!
ハッとする私に、夏樹君が相槌を打つように笑いかける。
「あ……」
それだけで、からりと空が晴れるように、心の靄が消えた気がした。
夏樹君の笑顔に背中を押されるように、さっそくメモアプリを活用する。
『原田 冬菜です』
「えっと……筆談?」
あっ……変に、思われたかな。
案の定、琉生君の顔に戸惑いの色が浮かぶ。
私は落ち込んで俯く。
そんな時だ、「これが冬菜の声なんだよ」と夏樹君の声が俯いた私の頭上から優しく降り注ぐ。
顔を上げれば、夏樹君は私の頭に手を置いた。
「話す手段なんて何でもいいだろ、伝われば」
夏樹君……。
触れる手が大きく、体温が優しく、守られているような気がする。
そっか、手段なんて選ばなきゃいくらでもあったんだ。
私が勝手に諦めて、他の方法を試さなかっただけ。


