『おい、原田』

『…………』

そいつは、原田 冬菜といって、どんなに声をかけても怯えるように顔を強張らせ、一言も声を発さなかった。

その時の俺は鳴かぬなら、鳴かせてみせよう、なんとやらで。

俺は移動教室の廊下、女子トイレの前での待ち伏せ、とにかくしつこいくらい冬菜に話しかけまくった。

そのたびに全力で逃げられたけど、そのうちに気づいたことがあった。

『なぁ、原田、消しゴム忘れたのか?』

それはある日、授業中に間違えた文字を冬菜が斜線で消しているのを見て小声で話しかけた時のことだ。

冬菜は俺に突然話しかけられてオロオロしだすと、仕方なくといったように小さく頷いた。

授業中で逃げられない状況だったとはいえ、冬菜から反応があったことが嬉しかった俺は、自分の消しゴムをパキッと割って差し出す。