「ぶっ、くく……怒ってやんの。でもほら、上杉謙信も仲良くなるためには敵に塩を送るって言ってたし」

「…………」

それは、意味が違う気がするけど……。
あれは『敵対していても、争いの本質ではないことに関しては助ける』という意味だ。

夏樹君が私を敵だと言ってるのも同じなんだけど、仲良くなるとか言ってたし、意味知らないで使ってるな、この人。

呆れて腹も立たなかった。

「え、なんだよその呆れた顔は!」

いや、呆れを通り越して……『無』だ。
本当……意味わからないよ、夏樹君って。

これ以上話しても無駄だと思った私は、外にいる夏樹君を無視して、自分の席に腰掛ける。

「おーい佐伯!お前なに外出てんだ、席つけ席!」

「あ、やべっ」

先生に見つかった夏樹君が、慌てて教室の中へ入った。

佐伯……。
聞き覚えのある苗字な気がした。

まさか……ね。
人を遠ざけてきた私に、聞き覚えのある名前なんてあるはずが無い。

全部気のせいだと、私は考えることをやめた。