春が来たら、桜の花びら降らせてね


「奪ったのも与えたのも俺だなんて……複雑だな」

胸騒ぎがするような、意味深な言葉が耳に届いた。

「夏樹君……?」

すぐに目を開けると、逆光で見えない夏樹君の顔。

影になっているはずなのに、なんとなくだけど、ぎこちなく笑っているような気がした。

「本当なら、触れることすら許されねーのに」

夏樹君に顔をのぞきこまれる。
必然的に近づく距離に、ドキンッと胸が大きく音を立てた。

「俺なんかが触れたら、穢れるのに……」

俺なんかとか、穢れるとか、まるで自分を蔑むみたいな言い方を、君はした。

沈まない太陽が日食で影に覆われていくように、夏樹君が少しずつ暗闇に溶けていってしまいそうで、不安になる。

「なのに、冬菜に近づきたくて、仕方なくなる」

「え……?」

「冬菜……俺は……」

太陽に雲が被った。
ようやく見えた、愁いを帯びた夏樹君の瞳に、私は吸い込まれる。

身動き一つ出来ず、静かに近づく夏樹君との距離は、まるで時が止まったかのような永遠を連れてくる。

このまま、唇が触れてしまいそうになった時、「ワンッ!」という声とともに唇に当たる、黒いモフモフ。