【短編】生け贄と愛


けれど、戦う術を持っていない。

少しは使えるナイフも持っていない。

しかしこのままでは危ういだろう。


ロゼは歯を食い縛ってベッドから降り、自分の足で立った。

ベッドにいる期間が長かったせいだろう、身体がふらつく。

しっかり固定されているものの傷が痛んだ。


「あら、怪我をされてるの?」


顔をしかめたのを見て、女が眉をひそめる。


答える必要はない。

そう、ロゼの勘が告げていた。


「まあ、関係ありませんわね」


行きますわよ、とご丁寧に忠告してから女が身構えたと同時に、ロゼは彼女に背を向けて窓に手を伸ばした。


「貴女、何をっ……」


焦ったような女の声など耳に入らない。

窓に飾ってある薔薇を一束抜き、女めがけて力一杯投げる。


足を踏ん張ったので痛みに襲われるかと思いきや、意を決していたからかあまり気にならなかった。

赤薔薇が女の衣服を切り裂き、頬に傷をつけた。


驚いたように動きを一瞬止めるも、一瞬は一瞬であった。

赤い目にきらりと挑戦的な光が宿り、女が何事かを唱え出す。

鉄扇が不穏に輝いたと思ったとき。


「ロゼ!!」


耳に心地よい男の声が聞こえた。

シルヴェスタに間違いなかった。

ドアに彼の姿が見えた刹那、いつの間にかロゼの前に庇うように立っている。


「大丈夫か」


心配がくっきりと滲んだ声に大きく頷いて答える。

シルヴェスタの肩越しに見た横顔が良かった、というように柔らかい表情を浮かべていた。