【短編】生け贄と愛


赤い林檎。

ロゼが住んでいた村では売られていないものだ。

青林檎を見たことがあるからそれを林檎だと思ったのだが、シルヴェスタがどうして持っているのかは謎だった。


「林檎だ。前に言っていた、赤を嫌わない町から取り寄せた。お前が元気になるかと思って」


「私が元気に?」


オウムのように言葉を返してくるロゼに、シルヴェスタは気まずそうに目をそらした。


「その…すまなかった。酷いことをした」


何のことかとは考えるまでもなく。


「そして、理不尽極まりなかった」


ぽつぽつと謝罪の言葉を落とし、俯いているロゼの様子を窺う。

沈黙のまま時が過ぎる。

ロゼはどうしたら良いか分からずに俯いているしかなかった。

この男の態度は以前とは違う。

紳士的な振る舞いは健在なのだろうが、今は丁寧な言葉遣いではない。

これがきっと本当の彼なのだろう。


私は、あのときの彼が好きだったのではないの?


自分に問いかける。

前のような胸の高鳴りはない。

けれど、それ以上に切ない想いがロゼの胸を占めている。
シルヴェスタと一緒にいたい。

裏切られたはずなのに。


でも、彼の傍に居たいと思う。

それは変わらなかった。


目を合わせることが出来ないままでいると、静寂をシャリシャリという音が破った。


「それは、何?」


顔を上げながら訊ねると、シルヴェスタの手には包丁が握られていた。

刃物には敏感なロゼの肩が震える。

それに気がついたのか、シルヴェスタはすぐに包丁を置いた。


「俺は何もしない。もうお前を傷つけることはしない」


真っ直ぐにロゼの目を見る。


「誓ってだ」


「そこは約束、じゃないの」


「約束はロゼが受け入れなければ成立しない。信じなくても良い。俺だけの誓いだ」


何だか拍子抜けしてしまった。

真剣な表情と、生真面目な言葉。

あんなに残酷なことを言ってのけたのに。


こんなことを前にも言われたな、とロゼはふと記憶を探った。