どうして?

私はまだ慧の彼女、だよね?



言葉が、思考がまとまらず。

握っていた筈のスマートフォンがスルリと手から落ちる。

エントランスの磨かれた黒いタイルの上で鋭い音をたてた。



カシャーン。




思った以上に響いた音に。

私はハッとしてしゃがみこんだ。

その音に反応したのは私だけではなかった。



「……結奈?」

会いたかったその人が。

私の名前を呼んだ。

反射的に顔をあげた私は。

言葉が出なくて。




「結奈、どうして……」

驚いた表情の慧が私に歩み寄ろうとする。

「来ないで……!」

必死で後ずさる。

こんな自分を見られたくない。



ジワリと。

目に涙が浮かんで。

精神力を総動員して身体を動かす。




「……慧。
私のこと、もう必要なくなった……?
私が……いつまでも変わらないから……気持ちを伝えないから嫌いになった?」

「結奈、何言って……」



こんなことを話しにきたわけじゃないのに。

こんな風に話したいわけじゃないのに。

支離滅裂な言葉しか震える唇からは出ず。

ギュッと唇を噛みしめて。

逃げるように背中を向けて、走り出した。



「結奈!」

後ろから追ってくる慧の声。

その声に振り向く勇気が今の私にはなかった。