佐々木課長との色々が浮かんでは消え、井上さんのことが思い出されたりしつつも、なんとか仕事を終えた。
 心春はマンションのドアの前にいた。

 今日こそは佐々木課長を酔わせないでおこうと気合を込めて何度も深呼吸していたのだ。

 宇佐美くんとのゴタゴタですっかり忘れていたけど私のために酔ってもらわなくても一緒に過ごせた方がいいに決まってる。

 意気込みも新たに心春は決意すると玄関のドアに手をかけた。

 中に入るとキッチンの方から佐々木課長が顔をのぞかせた。

「あぁ。こはちゃん。おかえりなさい。
 今、ご飯にしますね。」

 う…そ。もう酔ってるってこと!?

 ガックリ肩を落とすと思わず本音がこぼれた。

「佐々木課長はキッチンドランカーですか…。」

「そんなわけないじゃないですか。」

「じゃまた私が来るからって先に飲んでくださっていたのですね。」

「……こはちゃんのためではないですよ。」

「だって…。」

「さぁ。そんなことより疲れたでしょう?
 ご飯にしましょう。」

「…貴也さん。」

「…………ほら。
 そんなところに立ってないで座ってください。」

 貴也さんに促されて席に着いた。

 何日か前の朝、酔ってなくても柔らかい佐々木課長と接することができたと思ったことがあった。
 でもそれ以来、柔らかい時はいつも酔った貴也さんだった。

 酔っていなくても「こはちゃん」と呼んでくれて嬉しかったのは、自分だけだったのかなぁと寂しく思う。

「食事の前に少し話ししておきたいことがあります。」

 心春の向かいの席に着いた貴也さんがこちらを見据えている。
 かしこまって話す貴也さんがなんだか普段の佐々木課長みたいで些か緊張する。

「はい。」

「今日、はなしたドラックストアの方から携帯にお電話をいただきました。」

「はい。あの。
 会社のメールに報告メールを送ってあります。」

 ちゃんと対応できたと思っていたのに、佐々木課長から伝わる空気が褒めてもらえる感じではないことが分かる。

 どうしよう。
 続きを聞くのがこわい。

「電話を切ることなく快諾していただけて心強かったとはなしたドラックストアの方はおっしゃってくださいました。」

 良かった。怒られるわけじゃ…。

 そう思っていた心春に厳しい言葉が続いた。

「今回は大丈夫でしたが、これからはどんなに大丈夫だと思っても卸している会社に確認して了承が取れてから、お電話いただいたお客様にお返事してください。
 もしも見当違いで了承が取れない場合、快諾してしまった後では信用問題に関わります。」

「…はい。申し訳ありませんでした。
 出過ぎた真似をしてすみませんでした。」

 はぁ。と漏らした佐々木課長のため息が堪えていた涙を押し流してしまいそうになる。

 いつもの佐々木課長なら部下の失敗にため息なんてついたりしない。

 よっぽど呆れられたんだ。

 こぼれてしまいそうな涙をどうにか堪えようと心春は俯いていく顔を上げられなかった。

 佐々木課長は立ち上がったようだった。

 間違いを指摘して佐々木課長だって一緒にいたくないんだろうな。
 私もここにいるのが辛い…。

 立ち上がった佐々木課長がどこかに行く気配がして、一緒にいるのが辛いと思ったくせに胸がズキリと痛んだ。

 失敗して、それに井上さんに言いがかりをつけられて……。
 なんて日なんだろう。