「合鍵、俺のも持ちませんか?」

 宇佐美くんが心春の待つアパートに帰ってきてすぐにそう言った。

 確かに佐々木課長の鍵は持たせてもらっている。
 でもそれは最初の時に必要に迫られたからであって…。

 言葉を失った心春に宇佐美くんは言葉を重ねた。

「昨日、井上さんここに来ましたよ。」

 井上さん…新しく添い寝に加わるって人だろう。
 今日は佐々木課長のところへ行っているはず。
 ………仕方ないよ。

「中島さんとは『悪いことしない』って佐々木課長との約束がありましたけど、井上さんとは…。」

「え?」

 宇佐美くんの言葉の続きが勝手に想像されると、胸がドクンと波打ってざわざわと騒がしくなった。

「ちょっとは妬いてくれます?
 井上さんとはお互い大人ですから…。」

 嘘…。じゃ佐々木課長とも?
 顔から血の気が引いていくのが分かる。

 佐々木課長だって大人だ。
 私だけ。私だけが大人になりそこねた子どものままで…。

 ショックで何も言えずにいる心春の元にブーッブーッと宇佐美くんのバックから音が聞こえた。

 入れっぱなしの携帯だろう。
 誰から電話みたいだ。

「ちょっとごめん。」

 電話に出た宇佐美くんの携帯からは向こうの声が漏れ聞こえる。

「宇佐美くん?なんなのよ。
 佐々木課長、来ないわよ。」

「は?」

「会社近くのコンビニに来てずいぶん待ってるわ。
 住んでる場所知らないの?」

「え?それは…。」

 慌てている宇佐美くんの横で心春は居ても立ってもいられずに立ち上がった。

「ねぇ。中島さんは知ってますよね?
 佐々木課長の家。」

 宇佐美くんの言いたいことは分かってる。
 でも足は勝手に玄関に向かっていった。

「ちょっと!中島さん!!」

 閉まる扉の向こう側で宇佐美くんが手を伸ばしていた。