酔っている貴也さんにまで宇佐美くんのところに行けと言われるんだ…。
 …当たり前じゃない。何を期待していたんだろう。

 心が沈んでいく心春の手がぎゅっと握り直された。
 俯いていく顔をあげると貴也さんと目が合った。

 優しい微笑みを向ける貴也さんはどこか寂しげな憂いを帯びた色を含んでいるようで、何故だか心春の心がズキリと痛んだ。
 何か言おうと口を開く前に貴也さんが告げる。

「さぁ。マンションにご馳走を用意しましたよ。
 楽しい食事と致しましょう。」

 握られている大きな手から伝わるぬくもり。
 その手を握り返したいのに「はい」と小さく返事をすることしかできなかった。

 手を引きながら少し前を歩く貴也さんの大きな背中。
 大きくて優しい手。

 せっかく優しい貴也さんといるのだからと、自分も楽しもうと気持ちを改めると少し駆けて貴也さんの隣に並んで歩いた。

 「フフッ」と貴也さんの口からこぼれた優しい微笑みに、今のこの時間がずっと続けばいいのにと思っていた。




 マンションに着き、食事は相変わらずのおしゃれな食事で貴也さんはいつも以上に優しかった。

 お風呂に入って髪を乾かしてもらうまでが、もう当たり前に一連の流れになっているようだった。

「湯冷めしないうちにベッドにいかなければいけませんよ?」

 優しく貴也さんに促されても今日は譲れなかった。

「私も貴也さんの髪を乾かしたいです。
 お風呂を出るまで待っています。」

 いつもしてもらってばかり。
 今日こそは何かお返ししなければと思っていた。

 それが髪を乾かす…なんてことでいいのかは分からないけれど。

「そんなことをしていては、こはちゃんが風邪をひいてしまいます。」

「子どもじゃないんですから、ひきません。」

 こんな押し問答が続いた後に、諦めたように貴也さんがつぶやいた。

「先にお風呂いただいていますので。」

「え?」

 そんなわけない。
 だってお風呂場は濡れてなんてなかったし、そんなわけ…。

 納得していないことが顔に出ていたらしく、貴也さんが続けて説明を重ねた。