「ついていこうか?」

 陽菜に心配されながらも、心春は1人で佐々木課長のマンションに来ていた。
 荷物を何も持たずに飛び出したため、取りに来たのだ。

 相変わらず鍵は持っているけれど、インターホンを押した。

『……中島さん。』

 インターホン越しの不鮮明な声に今さらドキリとする。

 これも勘違いなのかな。

 そんなことを考えていると、緊張していたことを忘れられるから不思議だ。

「荷物を取りに来ました。」

『……はい。どうぞ上がってください。』

 改めて来るマンションはどこか居心地が悪くて、佐々木課長の方を見れないまま話した。

「宇佐美くんのところに行って来ます。
 交代って言われるので明日はこちらでお世話になります。」

「……はい。お待ちしています。」

 必要な物だけを持って玄関を出ようとした心春に佐々木課長がつぶやくようにこぼした。
 その言葉が心春の胸にチクリとした。

「宇佐美くんの所が嫌でしたら、いつでも戻ってきてください。」

 これ。と、手渡されたのは小さな紙切れ。

「困ったことがあったら連絡ください。
 私には我慢しないでください。
 お願いです。」

 そんなことを言うなら宇佐美くんの所に行かない方法を提案して欲しかった。
 そう思っても何も言えず顔も見ることもできずにマンションを出た。

 マンションから離れたところで手の中の紙切れを開いてみた。

 そこには連絡先と一言が添えられていた。

『中島さんの隣は心地よくて甘えていました。
 明日、お待ちしています。』

 几帳面な佐々木課長の字と言葉に胸の奥がキューっと痛くなった。

 それでも今日は佐々木課長のところには戻れない。
 何よりこれがときめきとか好きとかじゃないならなんなのか知りたい。

 意を決して宇佐美くんのアパートに向かった。