「こはちゃんの髪は前から触れたいと思っていました。」
この発言にどんな意味があるのか聞けないまま、食事になってしまった。
ぼんやりしてはいけないと思うのに、口に運んだ食事は味を感じる余裕もなく喉元を通り過ぎて行く。
前からってことはもちろん今のこの状況になる前からってことで………。
あの佐々木課長が!?私の髪を!?
全くもって消化できない貴也さんのセリフに、上の空で食事を口に運んでは飲み込むだけの作業を繰り返した。
貴也さんのセリフどころか、これじゃ食事だって消化できているか分からない。
「お口に合いませんでしたか?」
ハッとして正面に視線を移せば、眉尻を下げた貴也さんと目が合った。
「いえ。そんなことは、全然………。」
作ってもらった上に上の空なんて私は何をやってるんだろう。
目の前にはオシャレなパスタやサラダに、スープ、お肉まで。
やっぱり『気負った』なんて私に対する気遣いで毎日こんなオシャレな食事を楽しんでいるんだと思う。
だって何より食事風景がさまになっている。
「好き嫌い教えて下さいね。」
優しく微笑む貴也さんにますます申し訳なくて俯くしかなかった。
「スペアリブほぐしてさしあげました。
こはちゃんは女性ですし、さすがにかぶりつけませんよね。
食べづらかったですね。」
すみません。これ得意料理なんです。
なんて言いながらナイフで骨を外してくれたお肉のお皿が渡される。
こってりと味付けされているフォルムが食欲をそそる。いつもなら。
「ここまでしてもらうなんて……。
何から何までしてもらってばかりです。
せめて私にも料理をさせて下さい。
お口に合うかわからないですけど……。」
意を決して口に出した言葉も語尾が弱々しく消えて行く。
再び俯いた頭に優しくて大きな手が添えられて、2、3度撫でられた。
「無理なさらないで下さい。
ここに住んでいただけるだけで、私は嬉しいのですから。」
温かい手に優しくかけられた声。
全てが優しい貴也さんに甘えてしまいそうになる。
甘えられたらもっと楽に過ごせるのかもしれない。