マンションに帰りますと連絡したくても、連絡先を知らなかったことに気づいた。
 そもそも『帰ります』って!!

 と、とにかく連絡先を交換しないと一緒に住むには不便だと悟った。

 鍵を持ってはいるんだけど、勝手に入るのは気が引けてインターフォンを押す。

「はい………。…………ッ!
 少し待ってから来てください。」

 明らかに動揺している声色。
 やっぱり早く来過ぎたのかな。

 後悔の渦に飲み込まれそうになって突っ立っていると、心春の前のドアが開いた。

「すみません。お待たせしました。」

 佐々木課長の顔を見た途端に陽菜の言葉を思い出す。

「佐々木課長は心春のこと好きなんだって!」

 いやいやいやいや。

「酔った時しか優しくなくて、それでも酔わせたくないなら、名前呼びすればいいんじゃない?」

 いやいやいやいや。

 どんどん今、思い出しちゃいけない会話を思い出してしまって顔が赤くなる。

「どうしました?
 とにかく何か入ってください。
 お友達との話し合いはどうなりましたか?」

 優しく腕をつかまれて部屋にいざなわれ確信した。

 さっきの『少し待って』はお酒を飲む時間だったんだ。

 思った通り、シンクの脇に缶ビールが置いてある。
 きっと中身は空で前みたいにすごい勢いで飲んだんだろう。

「ごめんなさい。」

「え?」

「また私のために無理して飲まれたんですよね?」

 佐々木課長の視線が缶ビールに向かって、心春の真意が伝わったようだ。

「無理はしていません。」

「でも!!!」

 飲ませてると思う度に申し訳なくなる。

 何か伝えなきゃと思うのに、佐々木課長に向けていた視線を下におろしてしまった。